12月1日 ヨシュア記No209

マナセの残る半部族には…ヨルダン川の西側に所有地を与えた。…「多くの財宝、多数の家畜、金、銀、銅…敵から分捕った物は、兄弟たちと分け合いなさい。」 

ヨシュア記22章7~8節

 マナセ族はヨルダン川の東側と西側に分かれることになりました。聖書はその理由を記していませんが、おそらく彼らの中で「信仰の違い」が生じてこうなった、と察することができます。
同じく、神の子たちにも違いがあります。ただし、教団、聖書理解の強調点、教会、牧会者、信仰の経験などの違いは小さなことです。根本的な違いは、教団も教会も関係なく、「神に従う神の子」であるか、それとも「自分の願いを優先する神の子」であるか、ということです。ヨルダン川の東側を選んだ半部族は、神のくださる富よりも世の富を選んだ人々であり、西側を求めた半部族は、神こそが富であると信じた人々である、と言えます。

 世の富は自分の働きで得ることができるので見えやすいものですが、神から受け取る富は見えにくく、時間が経たないと実感できません。しかし、ヨルダン川の西側を選んだ半部族には「多くの財宝、家畜、金銀…」が与えられました。それらは敵から奪った戦利品でした。これこそ、彼らの働きではなく、キリストが十字架と復活によって勝ち取った「もろもろの霊の祝福」です。

 
 友よ。あなたはヨルダン川の東と西のどちらにいて、誰の祝福を求めていますか。「この世の有様は過ぎ去る」(Ⅰコリ7章31節)ものですが、「神の賜物は,私たちの主イエス・キリストによる永遠の命なのです」。「過ぎ去る」ものと「永遠」、どちらを選びますか。