11月26日 ヨシュア記No204
主はまた、先祖に誓われたとおり、彼らの周囲を安らかに住めるようにされたので、彼らに立ちはだかる敵は一人もなくなった。
ヨシュア記21章44節
ここに至るまでの神の民の導きは、「私は降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し…乳と蜜の流れる土地…彼らを導き上る」(出3章8節)とモーセに告げた神の約束によるものでした。
神の子たちは、今いるところが安息の地であると気づくことが少なすぎるようです。ヨルダン川を渡ってカナンの地に入ったのに、家族・仕事・家計・健康など、ストレスばかりの日々だと嘆いています。それは、カナンの地にいるにもかかわらず、エジプトにいるかのように振る舞っているからです。
エジプトにいた時、民を支配していたのは、「否定の霊」とでも言うべきものでした。ファラオの奴隷、煉瓦造りの重労働、希望のない将来……。神が遣わしたモーセに対しても、「…あなたたちのお蔭で、我々はファラオの家来に嫌われ…、我々を殺す剣を彼らの手に渡したのと同じです」(出5章21節)と吐き捨てます。それは、尖った悪い所を探し歩き、見つけると喜んで踏みつけ、怪我をしては元に戻る人のようです。
カナンに導かれた友よ。あなたはカナンにいるのに、エジプトに心を置いていませんか。「乳と蜜」とは完全食を表し、それこそ「エルシャダイ(母親の乳房=完全食)」の神です。不平不満が出てくるのは、カナンに満ち満ちているエルシャダイの神に求めていないからではありませんか。