11月9日 ヨシュア記No187
シメオンの人々の嗣業の土地はユダの人々の領土の一部であった。ユダの人々への割り当て地が多すぎたため、…ユダの嗣業の土地の中に…受け継いだのである。
ヨシュア記19章9節
ユダ族の土地の中に自分たちの嗣業の地を得たシメオン族。何とも中途半端なようにも見えますが、それでも神の嗣業であることに変わりはありません。
だれもが明確な自覚をもって嗣業を得ているとは限りません。両親、国籍や民族、性別などは、神を信じ御言葉によって受け取れるものだからです。多くの人はシメオン族のようです。
シメオン族は、ユダ族に分けられた土地が広すぎたので、ユダ族を助けるように神に定められたとも言えます。パウロは、「テモテをそちらに遣わしたのは、…彼は、わたしの愛する子で、主において忠実な者であり、至るところのすべての教会でわたしが教えているとおりに、キリスト・イエスに結ばれたわたしの生き方を、あなたがたに思い起こさせることでしょう」(Ⅰコリ4章17節)と言いました。テモテは、主がパウロにゆだねられた嗣業を十分に果たせるように、パウロに仕えることに自分の嗣業を見つけていたとも言えます。
友よ。自分が補助的立場である場合もあります。しかし、それを主から信仰により受け取るのと、無意識にそうであるのとは大違いです。まさに、「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」(ヘブ11章6節)とあるとおりです。神から受け取るならば、どんな立場であっても、それが最高の嗣業の地となります。