11月7日 ヨシュア記No185

ベニヤミン…そこから、更にルズに進み、ルズの南斜面、すなわちベテルを経て、下ベト・ホロンの南の山のアトロト・オレクに至る。

ヨシュア記18章11~13節

 ここから、七つの部族のためのくじが引かれ、割り当てが決まります。割り当てられた所によって恵みが決まるのではなく、そこでどう生きるかによって、嗣業の地は恵みにも災いにもなります。

 その中で、ベニヤミン族は幸いな土地を得ました。それは、彼らの領地の中にエルサレム(神殿)があったからです。後にイスラエルは南北に分裂し、北イスラエルは七百二十二年にアッシリアに滅ぼされてしまいますが、南ユダはバビロン捕囚を経て帰還し、神殿を再建することができました。

 両者の違いは何でしょうか。北イスラエルは、南ユダへの反発から、民がエルサレムに礼拝に行かないように、自分たちのための神殿をベテル(エフライム領地)に造り、そこで礼拝もどきに終始するようになりました。また、エジプトやアッシリアの脅威にさらされても、偶像礼拝を止められませんでした。結局彼らは、神殿がなかったために、律法にまっすぐ対峙できなくなりました。

 南ユダも偶像礼拝に傾きますが、その中に悔い改めが起こり、正常な信仰へ戻ることができました。なぜなら、彼らには「神殿」と「律法」があったからです。

 友よ。神殿とは、神御自身と神と人の交わりを見える形で教える「礼拝」です。律法とは、神と人の交わり方を教える「聖書」です。「礼拝」と「御言葉」の中に住むことが、エルサレムを嗣業とすることです。