10月23日 ヨシュア記No170

ヨセフの子孫がくじで割り当てられた領土は、エリコに近いヨルダン川、エリコの水の東から荒れ野を経て、山地を越えてベテルに至る。

ヨシュア記16章1節

 十五章はユダ族に、十六章と十七章はヨセフの子孫(エフライム族とマナセ族)に、それぞれ割り当てられた嗣業の地について記されています。

 創世記を読むと、すべてのものが出来上がってから人が創造されたことが分かります。そのことは、私たちが存在する前に神が場所を用意してくださっていることを教えています。しかし、人の側から考えると、貧富の差、健康と障害、能力の差など、神が用意したとは考え難いことが多くあります。

 しかし、歴史が下り、神が独り子イエスを遣わして十字架につけたのは、すべての人に神の子の場所を備えるためでした。するとこの世での差は小さく見え、すべての場所が尊く、最善であると分かります。さらに、五タラントンの者には五タラントン、三の者には三、一の者には一が求められています。各自が与えられた分を果たせば、同じ幸福の量を得ることができます。ここから、神はユダ族にも他部族にも公平に嗣業を割り当てていると分かります。

 友よ。「タラントン=賜物」は人により違いますが、「ムナ=信仰」は皆が公平に一ムナずつです。そして、人の幸福を作るのは、賜物(タラントン)ではなく信仰(ムナ)です。賜物は神から受けて他者に渡し、ムナは自分を神に直結させます。ムナはタラントンを超えさせます。