9月19日 ヨシュア記136

ヨシュアは他の王の町々をすべて占領し、王たちを捕らえ、主の僕モーセが命じたように剣をもって彼らを撃ち、これを滅ぼし尽くしたが、

ヨシュア記11章12節

 ヨシュアとイスラエル軍は次々と敵を打ち破り進撃しました。ここに、神が約束し達成された救いを彼らが自分のものとしていく姿を見ます。

 主が完成した救いの御業(十字架=罪の贖い、復活=永遠の命、昇天=権威)と後の再臨による完成は、自動的には人のものになりません。それを自分の救いにするのは、信仰によってです。
 *罪は贖われている……信仰によって受け取る。
*悪魔は縛られ無力にされている……信仰によって主に従うことで退けねばならない。
 *この世はヨシュア(イエス)に敗れている……信仰によって恐れず世と戦っていかねばならない。
 *肉も十字架で滅ぼされている…信仰によって、新しい支配者・聖霊に支配され続けねばならない。
 *墓と死は過ぎ去った……死の恐れと天国への不安が襲うなら、「死は勝利に飲まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか」(Ⅰコリ15章55節)と宣言せねばならない。

 友よ。次の御言葉を心に刻んでください。「神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です」(Ⅰヨハ5章4節)。信仰の戦いとは、あなたが罪や死やサタンと戦うことではなく、あなたがイエスを主とし続けることです。