8月28日 ヨシュア記No114
彼らは…、「わたしたちは遠い国から参りました。どうか今、わたしたちと協定を結んでください」と言うと、
ヨシュア記9章6節
遠い国からイスラエルを慕い、仲間に加わろうとやってきた、と思わせるにふさわしい身なりと言葉に、だれもがだまされそうです。彼らの欺き方に注意してください。
①「遠い国から来た」……「遠い国から」とは、神が滅ぼせと命じた中に入らない者である、との主張です。しかし聖書は、「義人は一人もいない」と言い、すべての者は罪の中に、神の怒りの中に入っている、と告げます。原罪を抜きにした人間賛歌は危険です。
②「同情を求めた」……繕った靴、古びた袋や外套、努力と熱心の強調など、どんな人間的な同情も熱心も、天国に入る条件にはなりません。「イスラエルは、信仰によってではなく、行いによって達せられるかのように、考えたからです。彼らはつまずきの石につまずいたのです」(ロマ9章32節)。
③「主の名を恐れていると言った(9節)」……罪の本性を知る者だけが神を「恐れ」、罪を赦していただいた者が神を「畏れ」ます。彼らは実際には神を「恐れ・畏れ」ているのではなく、罪と滅びを恐れているだけです。
友よ。キリスト教とは、心の慰めではなく霊の命の回復を与える教えです。その命については、「愚かな人だ。あなたが蒔くものは、死ななければ命を得ないではありませんか」(Ⅰコリ15章36節)と語られています。主イエスと共に死ぬ者だけが、主と共に復活するのです。