8月9日 ヨシュア記No100

全イスラエルはアカンに石を激しく投げつけ、彼のものを火に焼き、家族を石で打ち殺した。…その場所の名はアコルの谷と呼ばれ、今日に至っている。

ヨシュア記7章25~26節

 アカンが犯した罪は、彼一人を死に定めるどころか、彼の家族をも巻き込んでいました。罪の特徴は、一人にとどまらず、周りをも巻き込むことです。私の罪が家族を神から退けるとするならば、それは、家族が石打ちの刑に処せられて死ぬのと同じことになります。

 聖書は、アカンの罪の処刑場であったアコルの谷について、「その所で、わたしはぶどう園を与え、アコル(苦悩)の谷を希望の門として与える。そこで、彼女はわたしにこたえる。おとめであったとき、エジプトの地から上ってきた日のように」(ホセ2章17節)と記しました。

 そこは罪が処断される場、ゴルゴタの丘です。そしてそこは、ぶどうの枝が幹に継がり、救いの日の感動を取り戻す場です。その代価こそ、十字架上の主イエスの最後の言葉、「すべては終わった」でした。  

 友よ。あなたのアカンをアコルの谷へ連れ出してください。「罪を隠している者は栄えない。告白して罪を捨てる者は憐れみを受ける」(箴28章13節)のですから。 
 「わたしは罪をあなたに示し、咎を隠しませんでした。わたしは言いました、『主にわたしの背きを告白しよう』と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを、赦してくださいました」(詩32・5)。冒頭の御言葉、「その場所の名はアコル…今日に至っている」とは、「ゴルゴタの十字架の恵みは今日まで続いている」ということでもあります。アーメン。