8月2日 №219

ダビデは、「ベツレヘムの城門の傍らにある、あの井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」と切望した。

サムエル記下23書15節 (1)

 この場面は、エルサレムとベツレヘムを包囲するペリシテ軍に対峙しているとき、アドラムの洞窟にダビデは訪ねてきた三名の部下に「ベツレヘムの…井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」と口から出た時のことでした(歴代上11章参照)。

 ベツレヘムはダビデが生まれ育ち、少年の時からこの井戸から水を飲み、羊たちにも飲ませていました。しかし平和であった時代は踏みにじられ、今は息詰まる光景に一変しました。

 だれでも、「あの時の、あのような、あの愛、あの平和と平安…」に戻りたいと願うものです。しかし、この世界の平和の井戸は、時代の流れや、自分自身の病や加齢などによって奪われてしまいます。

 本当の永遠に続く平和はどこにあるのでしょうか。それは、聖書で、「エルサレム」は、「エル=神、サレム(シャローム)=平和)」ですから、「神の平和」となります。また、「平和」は「両者の正しい関係」ですから、エルサレムとは、「神との正しい関係」の場です。

 友よ。アダムとエバはエデンの園の中央から始まりました。そこには、いのちの木(主イエス)と、善悪を知る木(神との正しい継がりと交わり)がありました。エルサレムとは、まさに三位一体の神の御臨在を表し、その神との交わりの場です。「あなたが私の内におられ、私があなたの内にいるように、全ての人を一つに…彼らも私たちの内にいるように…(ヨハ17章21節)」こそ、エルサレムです。