2月13日 №49
彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。
サムエル記上8章8節
神は、「他の国のように、私たちにも王を!」と訴える民を見ていました。そして、「サムエルよ、彼らの姿は先祖以来同じことを繰り返しているのだ」と、落胆しつつ神が言っているかのようです。
あるメッセンジャーが登山の例えをもって人生の大事なことを語っていました。
…「登山を計画する時、人々はどの方向から、どの道を、と調べます。しかし大事なことはそれらではありません。なぜなら、山は多くあるからです。そこで重要なことは、「どの山」に登るかです。なぜなら、天の頂に届いている山は、全世界に一つしかないからです。その山こそ、イエス・キリストというお方です…」と。
人生なる山は多くありますが命の山は一つです。それは、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハ14章6節)というお方です。
その山を登るとは、一日、一週、一か月、一年、就職、結婚、家庭、子育て、中年。老年…の人生において、イエス・キリストを相手に生きること。上にいるイエスに目を釘付けにして離さないことです。
友よ。「主の山に備えあり」と言われた備えは、「一匹の雄羊」なるイエス・キリストでした。罪の贖いと復活の命なるお方と一つとなることこそ、私たちが登る恵みの山です。