10月12日 No30

ボアズはルツに言った。「私の娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。ここから離れることなく、私のところ…ここにいなさい。」

 ルツ記2章8節 (2)

 「私の娘よ」と言ったボアズは、「よその畑に行かず…ここにいなさい」と続けて言われました。この世で「ここにいなさい」と声掛できる人は、自分の益になる人に対してだけです。そうでない者には、「離れなさい」と言うものです。

 ボアズが、落ち穂を拾うに邪魔にさえ見えるよそ者ルツに、そのように声を掛けたのは不憫なルツへの哀れみでしょうか。 
否、ボアズのルツへの心は、「娘よ。私はあなたのことを知っている。あなたは私の下へ来るように導かれ、あなたには私が必要なのだ。しかし、それだけではない。私にとってもあなたは必要な人なのです」ではなかったでしょうか。

 愛は、一方的な哀れみや情けや助けでは成り立ちません。子どもを持つことは、時間、労力、金銭的に大変です。子どもは親の助けがなければ生きられませんが、親は子どもがいるから生きていける、も事実です。双方で必要とすることこそ、命の関係です。

 羊飼いが羊のために命を捨てるのは、羊飼いも羊を自分の命と同じに必要だからです。

 友よ。ルツに対するボアズの語り掛けは、そのままあなたへの主イエスの言葉です。あなたは主を必要としていますが、主もあなたを必要としています。