列王記講解を加えました。お聞きください。

5月22日 №55

「この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった。」ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。

Ⅰペトロ2章22~23節

 冒頭の「この方は…」から始まる数節は、イザヤ書52章13節から53章に及ぶ、十字架上で罪を贖う神の僕イエスについての預言をまとめたものです。この預言を、「しもべの歌」と呼ぶようになりました。

 僕とは、「仕える者」のことです。主が、「一番上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい」と言われたのは、「僕となる(自分を捨てて仕える)結果、皆から尊敬される」(マル10章44節)です。しかしこの世の僕は、「自分が尊ばれるために人に仕える」です。

 主は、父なる神と人々に仕えました。まず、「私が願うことではなく、御心…が行われますように」(マコ14章36節)と父に仕え、そして「羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハ10章11節)と人に仕えました。

 神と人に仕えることには順番と相関関係があります。
それは、「神に仕える(神の僕)→人々へ(人々の僕)→自分の命を失う→神から自分の命を得る→人々が救われる→人々から命を受け取る(敬い)」となります。
 友よ。主が残された模範はここにあります。あなたは、「人々から自分を得て、神の恵みを失う」のと、「人々のために自分を捨て『正しくお裁きになる』お方の判断を受ける」のと、どちらを望みますか。

===列王記№26「日影をもどす」===
https://youtu.be/e9-3xCWt96c
列王記下20章・歴代誌下32章 
2020年5月21日 鵜の木教会聖書講解