そこで彼らが、「主よ、剣なら、このとおりここに二振りあります」と言うと、イエスは、「それでよい」と言われた。

ルカ福音書22章38節

 ペトロは、主が言われたように剣を持ち歩いていたようです。だから、ゲッセマネの園で大祭司の手下の耳を切り落とせたのでしょうが、しかし……。

 主が持てと言われた「剣」とは御霊の剣のことでしたが、ペトロは刃物の剣を持ってしまいました。真理をわきまえない者は、お金や賜物や知識や、男・女という性をも、刃物の剣とします。しかし、真理をわきまえる者は、自分自身が、お金や賜物を用いて神に近づき、さらに人々をも導く御霊の剣として用い、神の御業を表すことができます。

 刃物の剣は自分のために用いますが、御霊の剣は神の栄光のために用います。主がペトロに「それでよい」と言ったのは、ペトロの行動を肯定したのではなく、「あなたには、このことの意味がまだ分からないから、今は仕方がない」という意味です。

 友よ。自分を主張する刃物の剣を振りかざしてはなりません。御霊の剣によって自分の肉を切り捨て、御言葉によって真理と偽りとを切り分け、罪とサタンを突き刺してください。御言葉と聖霊が一体となると、「信仰(御霊)の剣」になります。「世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です」(汽茱錬犠錬汗瓠法 

☆サムエル記No49(最終回)を送ります。
サムエル記は今回が最終回です。次の聖書講解は列王記になります。
CDで聞きたい人がおりましたらセットで差し上げますので申し込んでください。
サムエル記以外でも多くの聖書メッセージがありますのでお用いください。

サムエル記No49(最終回)
「わたしの神」 歴代誌上28・29章
2019年7月11日 鵜の木教会聖書講解


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