その陰に宿る人々は再び、麦のように育ち、ぶどうのように花咲く。彼はレバノンのぶどう酒のようにたたえられる。

ホセア書14章8節

 「いと高き神のもとに身を寄せて隠れ、全能の神の陰に宿る人よ。…神は羽をもってあなたを覆い、翼の下にかばってくださる」との詩編91篇の言葉は、冒頭の御言葉と同じく聖所の中に入った者、聖霊に満たされた(支配された)人の姿を表します。

 「身を寄せ・陰に宿る・翼の下に」とは、神と人の麗しい関係を示し、まさに信仰がなんであるかを教えます。信仰とは、神への「積極的依存」です。ですから、異邦人の庭から幕屋の庭へ、庭から聖所に入るのも、自動的ではなく各自の積極的決断です。

 多くの人々は、幕屋の庭までは来ます。ここには救いがあり、天国の市民である証印もあります。しかし、ここは出エジプト後の四十年の荒れ野と同じで、肉と霊が争う信仰の戦場です。神の子たちはここに留まらず、聖所に入り、聖所に留まらねばなりません。
聖所こそ、聖霊の満たしの場で、キリストが満ち満ちています。神はここに留まることを、「御霊に満たされ、御霊によって歩め」と強く命じています。

 神の子なる友よ。聖所に入っていますか。それは、自分が結ぶ実(御霊の実↕肉の業)でもわかりますが、霊と肉の実の結果を見続けてはなりません。枝(あなた)は幹(主)に、しっかりと繋がり、支配されることだけを考えて下さい。実は幹の命で結ぶからです。