わたしこそあなたの神、主。エジプトの地からあなたを導き上った。わたしのほかに、神を認めてはならない。わたしのほかに、救いうる者はない。

ホセア書13章4節

 上記の言葉に、完璧なまでに神の心が表されています。しかし、「わたしこそ」かと、「わたしのほかに」と、自己主張を戒める神なのに、なぜ御自分は「わたし」と主張するのでしょうか。

 この個所はモーセの第一戒と同じく、人にとって二番目のない一番大切なことです。なぜなら、愛は排他的でなければ成立しないからです。「私と妻・夫」に他の異性が入ると愛は壊れます。「愛=一体=命」ですから、聖書はこの一点に関し徹底的に排他的です。

 「夫と妻」が一体となると、「愛=命」が派生します。その愛と命が豊かであるほどに、子供へ惜しまず分け与えることができます。その命と愛が貧しいと、相手から奪うようになり、夫婦・親子関係は悲しい愛へ発展します。それでも人同士の愛は、罪人同士の不完全な愛であって本当の命は作り出せません。

 人の本当の命は、「義・聖・愛」の神との一体にあります。罪人でも神と一体となると、神の御業により義人とされ、永遠の命を持つものとされます。

 友よ。神が「わたしだけ」と主張できるさらなる根拠は、あなたをエジプトから贖い出した事実があるからです。「あなたがわたしを愛したなら、あなたを愛する」ではなく、「わたしはあなたを愛しました。だからわたしを信頼して、わたしに委ねなさい」と言います。