あなたたちの神、主が約束された良いことがすべて、あなたたちに実現したように、主はまた、あらゆる災いをあなたたちにくだして、主があなたたちに与えられたこの良い土地からあなたたちを滅ぼされる。
ヨシュア記23章15節
ヨシュアの告別説教ともいうべき言葉には、過去の歴史、現実の姿、将来への希望や励ましが含まれています。そして、そのすべての主役は「あなたがた」ではなく「神、主が」であると語っています。
あるクリスチャン・カウンセラーが言いました。「神なきカウンセリングのもどかしさは、『義と罪を裁き』の基準を明確にできないので曖昧になり、決定的な解決を見つけることが出来ないことである」と。
まさに、「その方(聖霊)が来れば、罪(主を信じない)について、義(復活と昇天)について、裁き(世の支配者の断罪)について、世の誤りを明らかにする」(ヨハ16章8節)とあるそのことです。
教会は、人から見た神について語りますが、神から見た人について語ることに弱腰になります。それは、「福音は恵みであり、裁きではない」との潜入感があるためとも思います。しかし、罪と義と裁きの三つあってこそ命の福音になり、どれかが欠ける真理から外れます。
友よ。ヨシュアは、「追い払ってくださる…、立ちはだかる者はいない…」と、しかし神を主としないならば、「この良い土地から滅び失せる」と裁きについても告げます。「愛に根差して真理(裁きも含めて)を語る」(エフェ4章)ことは、真に相手を愛することです。
ヨシュア記23章15節
ヨシュアの告別説教ともいうべき言葉には、過去の歴史、現実の姿、将来への希望や励ましが含まれています。そして、そのすべての主役は「あなたがた」ではなく「神、主が」であると語っています。
あるクリスチャン・カウンセラーが言いました。「神なきカウンセリングのもどかしさは、『義と罪を裁き』の基準を明確にできないので曖昧になり、決定的な解決を見つけることが出来ないことである」と。
まさに、「その方(聖霊)が来れば、罪(主を信じない)について、義(復活と昇天)について、裁き(世の支配者の断罪)について、世の誤りを明らかにする」(ヨハ16章8節)とあるそのことです。
教会は、人から見た神について語りますが、神から見た人について語ることに弱腰になります。それは、「福音は恵みであり、裁きではない」との潜入感があるためとも思います。しかし、罪と義と裁きの三つあってこそ命の福音になり、どれかが欠ける真理から外れます。
友よ。ヨシュアは、「追い払ってくださる…、立ちはだかる者はいない…」と、しかし神を主としないならば、「この良い土地から滅び失せる」と裁きについても告げます。「愛に根差して真理(裁きも含めて)を語る」(エフェ4章)ことは、真に相手を愛することです。