そのとき、主はヨシュアに、火打ち石の刃物を作り、も う一度イスラエルの人々に割礼を施せ、とお命じになった。
ヨシュア記5章2節
ヨルダン川を渡り敵地に入り、戦いの準備に集中せねばならない時なのに、しかしヨシュアはもう一度割礼を施すよう命じました。エジプトを出た後に生まれた者たちは、無割礼のままだったからでした。
割礼は、「あなたたちの男子はすべて、割礼を受ける。包皮の部分を切り取る」(創17章10節)という契約でした。割礼は、「肉体的しるし」が大事なのではなく「霊的しるし」を表現するためでした。それをパウロは、「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく“霊”によって心に施された割礼こそ割礼なのです」(ロマ2章28~29節)と明言しました。
男の子の包皮を切り取る割礼の意味は、「肉の命を伝えない(切る・死ぬ)」ことで、「私は、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです」(ガラ2章19~20節)を表します。
友よ。霊の割礼は、老若男女すべてへの命令です。戦うための最大の備えは、「最速(もはや)われ生くるにあらず、キリスト我が内に在りて生くるなり」(文語訳)という「肉(自分)に死に、霊(神)に生きる信仰」という割礼です。
ヨシュア記5章2節
ヨルダン川を渡り敵地に入り、戦いの準備に集中せねばならない時なのに、しかしヨシュアはもう一度割礼を施すよう命じました。エジプトを出た後に生まれた者たちは、無割礼のままだったからでした。
割礼は、「あなたたちの男子はすべて、割礼を受ける。包皮の部分を切り取る」(創17章10節)という契約でした。割礼は、「肉体的しるし」が大事なのではなく「霊的しるし」を表現するためでした。それをパウロは、「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく“霊”によって心に施された割礼こそ割礼なのです」(ロマ2章28~29節)と明言しました。
男の子の包皮を切り取る割礼の意味は、「肉の命を伝えない(切る・死ぬ)」ことで、「私は、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです」(ガラ2章19~20節)を表します。
友よ。霊の割礼は、老若男女すべてへの命令です。戦うための最大の備えは、「最速(もはや)われ生くるにあらず、キリスト我が内に在りて生くるなり」(文語訳)という「肉(自分)に死に、霊(神)に生きる信仰」という割礼です。