「すべてのわざわいから私を贖われた御使い。この子どもたちを祝福してください。」

創世記48章16節

 御使いに祝福を頼んでいる聖書の箇所はわずかです。御使いは、聖霊とは違い被造物(詩148・2・5)ですが、単なるエネルギーや物質や法則ではなく、神を崇める(人)格を持った天使としての存在です。

 御使いは、神を崇める存在であると共に、「仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるために遣わされ(ヘブル1章14節)」ています。

 また、神の子たちには「彼らの天の御使い」(マタイ18章10節)が神の御顔を見ながらついているともあります。事実、ヤコブは彼の人生を分ける大事な時、二度ほど御使いと出会いました(28章・32章)。彼は、子孫が救われ、選民である彼らが使命を果たすための祝福を、神に求めていると同時に、御使いにも祝福を求めています。

 ヤコブのように、実際に天使に出会った経験を持つ者はほとんどいませんが、大自然・季節・草花・食物・人々…などから神の声(啓示)を聞き、慰めと励ましを受けることは多くあります(それらも天使の働きの一部?)。
 すべての神の御業は、私たちを守り祝福するための天使の群れのようです。天使礼拝は困りますが、恵みの一つひとつに、天使の働きがあることは事実です。