わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに、全能の神として現われたが、主という名では、わたしを彼らに知らせなかった。
 
出エジプト記6章3節
 
旧約聖書には、「アブラハム、イサク、ヤコブ」との記述が16回登場します。その内の12回は、「誓い・契約」と続くことから、神の大事な約束を示すことがわかります。
 
特に、「神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせる」(創5024節)にあるように、カナン帰還、引いては天国への帰還に焦点が合わせられます。苦難の中にいる民に希望を持たせ、正しい判断と行動を起こさせるのは、天国への「誓いと契約」です。さらに、「主(ヤーヴェ)という名」で知らせるとは、無から有を呼び出す「創造主」、必ず約束を実行する神であることを強調します。
 
 友よ。生きるだけで精一杯の現実の中で、何に望みを置いていますか。それを「世」に置く者は、世のものに囚われて永遠を失います。「永遠」に置く者は、世のものを正しく活用してさらに永遠を得ます。「持っている(永遠の希望)者は与えられ…、持たない者は持っているものまでも取り上げられる」(マタイ1312節)とはこのことでは!