5月21日 №416
 
ところが…、彼のことを忘れてしまった
 
ここに、「ところが」とありますが、聖書では、「ところが」の使い方に特徴があります。それは、人と人の関係に「ところが」と出てくるとその後が「暗く」なり、神と人の関係だとその後が「明るく」なります。
 
「ところが…忘れた」(右の個所)…のち暗くなる。「ところが、アナニヤと…妻のサッピラは」(使徒5章1節)…のち暗くなる。「ところが、夜、主の使いが…彼らを連れ出し」(使徒5章19節)…のち明るくなる。ほかにも同じような関係を探すことができます。この明暗の分かれ目は、「人との関係」に土台を置いて生きているか、「神との関係」に土台を置いて生きているかの違いです。
 
人同士の関係に土台を置くと、どんなに首尾よく進んでも、後で必ず「暗く」なります。反対に、神との関係で生きるならば、今がどんなに暗くても、後で必ず「明るく」なります。霊の目が見えない人が…イエスとの関係で…見えるようになり(ヨハネ9章3941節参照)、自分の信仰は健康だと自負する者が…イエスとの関係で…罪人にされます(ルカ5章3132節参照)。「ところが」は、神が人の価値観を変える妙薬です。