4月4日 №369
「太陽と月と十一の星が私を伏し拝んでいるのです」…。父は叱って言った。「お前の見た夢は、いったい何なのだ。」
ヤコブは、ヨセフによる家族の回復を確信してきましたが、兄たちのみならず、「自分と妻(太陽と月)までもヨセフを伏し拝む」と聞いた時、神の御計画がわからなくなり、「いったい何なのだ」と語気を荒だてました。
家族の救いや自分の将来についての導きを祈ります。しかし、ヤコブが叱ったように、自分がだれかにひれ伏して得る、となると二の足を踏みます。それは、他者が自分の思いに従うことで適えようとしていたからです。これが、神の御心が成就される壁となります。ヤコブはヨセフを高慢と思い、一瞬、感情的になりましたが、すぐに冷静さを取り戻し、「父はこのことを心に留め」(11節)ました。
神の計画は、自分が描く筋書きと逆が多いものです。その時、計画の「結果(祝福)」は受け入れても、「過程(試練)」を拒否します。それは、神の祝福の計画は、あなたの嫌な人や出来事を用いる場合があるからです。友よ。「われわれは神から幸を受けるのだから、災(試練)をも、受けるべきではないか」(ヨブ2章10節)を「心に留め」てください。