1月26日 №301
ヤコブは旅を続けて、東の人々の国へ行った。
両親の家から逃げた時のヤコブは、恐れと不安に心が裂けそうでした。しかし今は、数日前とうって変わり、希望と確信に満ちています。その変化は、神と出会い、神の御心を知り、神の約束を得たからでした。
イスラエルの民が、荒野で神の幕屋を完成した時、雲が会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちました。以後、荒野の旅路にある間、昼は雲を、夜は雲の中に火を見ました。そして、雲が動いた時に旅立ちました(出4034節~)。彼らは、神の御臨在に触れ、御心を理解し、強い確信をもちました。同じように、神の「御臨在」と「御心」が、孤独と恐れの中にいたヤコブに力を与え、東の国に向かわせました。
「神の子となる」ことと、「子として歩む」ことは同一ではありません。事実、多くの人が神の子となっても、主から離れています。神の子として歩み続けるには、絶えることのない御臨在(交わり)と、御心(全ての人に対する神の思い・自分に神が望んでいること)を知る必要があります。「幻がなければ民は堕落する」(箴2918節・新共同)とある「幻」こそ、神の「御臨在と御心」のことです。