1月25日 №300
それからヤコブは誓願を立てて言った。「神が私とともにおられ…私の神となられるのなら…私に賜る物の十分の一を必ずささげます。」
神の愛を受けた人には、幾つかの変化が起きます。とくに、罪を赦され愛されると、その方を「信じる」ようになります。自己保存で固く閉じた心を開かせるのは、北風ではなく、暖かい太陽なる、神の愛です。
次に、神への畏れを持ちます。畏れは、愛してくださる方を悲しませず裏切るまいとする心です。そして、相手の願う自分になろうと、努力と自己犠牲を惜しまない「愛する者」になります。さらに、貪欲ヤコブが十分の一を献げます、と言ったように「献げる者」になります。神の愛は、ヤコブを「信じる者・愛する者・献げる者」に変えました。しかし、ヤコブはすぐにヤコブを止めることができません。「私の旅路を守り、食べるパンと着物を賜り、無事に父の家に帰らせてくださるなら…」と、取引信仰を持ち出しました。
それでも彼は、「あなたと出会ったこの所を家としてここから出発します」との思いを持ちました。友よ。私たちもヤコブです。自己中心が残っていても、主と出会ったこのところから、新しい出発をしようではありませんか。