ヤコブは自分の着物を引き裂き…、幾日もの間、その子のために泣き悲しんだ。
創世記37章34節
ヤコブがイスラエルとなった時から、一家の「霊的救い」と「選民の使命」を果たすことを願い、それをヨセフに託すことが祈りでした。しかし、ヨセフの血染めの着物を手にし、望みが絶たれ、幾日も泣き続けました。
ゴルゴタへ引かれる途中のイエスが、「エルサレムの娘たち。私のことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのことのために泣きなさい」(ルカ23章28節)と言われました。主は、「私よりもあなた方の方がもっと大きな悲しみの中にある」と言われたのです。
私たちは、子どもの「肉体の命」と「霊のいのち」のどちらを憂えているでしょうか。天の父である神の本当の悲しみは、イエス(ヨセフ)よりも、神のいのちを失っている私たち(兄たち)にありました。
友よ。まだ救われてない子のために泣いて祈れますか。もし、子どもが目の前で殺されるのを見たら、絶叫し、体を震わせ、全てを差し出して助けを求めませんか。主イエスは十字架の上で、「父よ、彼らを赦したまえ」、とそれをしてくださったのです。霊の悲しみは愛になり、愛は祈りと行動の力となります。
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