昨日の朝、起きてみると自宅周囲に数センチの積雪が見られた。東京ではこの時期の降雪もそれほど珍しくないが、3月といえば春というイメージなので違和感は拭えない。塔ノ岳山頂の山小屋である尊仏山荘のブログによると、山頂周辺は15cmほど積もっているらしい。二週間前の降雪時はタイミングが合わずに登ることができなかったので、恐らく今シーズン最後の雪となりそうな今回は何とか白銀の景色を楽しみたいところだ。天気予報は良好で木々に積もった雪も早々に溶けそうだし、ここは思い切って自家用車で登山口に向かい、まだ暗いうちにスタートして可能であればご来光でも眺めてみたい。ただ、ウィークデーに蓄積した疲労で早起きする自信がないため、近場では初の試みとなるが車中泊で早朝登山にチャレンジする。午前零時過ぎ、週末の夜ということでリビングに集合して楽しそうに過ごしている家族を残して出発し、1時間もかからずに段取り良く大倉バス停付近の駐車場に到着する。ただ、ここまで路肩などにはまったく雪の痕跡が見られない。気温も5度前後と冷え込みも今ひとつ。漆黒の闇の中では山肌を目視することもできず、果たしてどこまで雪が残っているのか不安が募る。缶ビールを飲み、荷台にシュラフを広げて1時半に就寝。

 ぐっすりと眠ってスマホタイマーの振動で目覚めたのは3時半過ぎ。睡眠時間は2時間ほどだが、程よい緊張感で頭はスッキリとしている。冷えた車内で朝食のパンを食べ、しっかりと薬を飲んでから準備を済ませて4時ちょうどに出発する。登山口までの車道を歩きながら、ふと視線を上げると柄杓が下を向いた形の北斗七星が瞬いている。考えてみれば、こうした夜明け前の登山も随分と久しぶりだ。なんとなく少年時代に夜更かしをした時のような、不思議な高揚感に包まれる。登山道に入ってしばらく進んだ先で、準備不足のため電池切れ寸前となった登山用GPSの電池を入れ替えていると、こんな時間なのに後方から登山者がやって来た。軽く挨拶を交わしてから前を進む。真っ暗な登山道をヘッドライトの光だけを頼りに歩くのも、普段の登山とはまったく異なった趣で悪くない。

 植林の間から見る下界には綺麗な夜景が広がっている。駒止茶屋を過ぎたあたりから、ようやく少しずつ積雪が見られ始めた。途中、下山してくる登山者2名ほどとすれ違う。あまり人のことを言えた立場ではないが、この時間の下山とは果たしてどういうスケジュールで歩いているのか不思議である。徐々に東の空が明るくなり始めた5時20分、堀山の家に到着。まずまず良いペースだ。山頂からご来光を見るにはちょっと間に合いそうもないが、何とか眺めのいいところで日の出を拝みたい。休憩もそこそこにスタートし、標高を上げるに従って徐々に周囲を雪が覆い始め、気分が盛り上がってくる。

 今や東の空ははっきりとオレンジ色の輝きを放ち始めているが、その中心はまだ三ノ塔の向こうに隠れている。日の出までにもう少し標高を上げなければならない。急な階段をものともせずにペースを上げ、分厚い積雪のお陰でいつもより段差が緩やかになった花立山荘下の階段を登りきったところで振り返ると、ちょうど大山の向こうの雲海から朝日が登り始めた。

 素晴らしい眺めに息を呑む。しばらく写真撮影に没頭するうちに、頭上はいつの間にか気持ちの良い青空が広がり始めている。以降はあちこち写真ばかり撮って中々前に進むことができない。金冷やし手前で軽アイゼンを装着し、グリップを効かせながら静かな雪の回廊を歩く。木々に積もった雪の大半は透明な氷となって、今にも溶けてしまいそうな儚げな佇まいである。

  振り返ると、先程歩いてきた真っ白な尾根の向こうに先週自転車で訪れたばかりの伊豆半島が。こうして見ると、やはり大変な距離である。生身の身体では標高1500m超の塔ノ岳を登るだけでも疲労困憊なのに、一方でロードバイクに乗るだけで100kmを超える目的地まで軽々と到達できるという人間の限界と可能性について考えさせられる。

 ゆっくりと足元の雪の感触を楽しみつつ6時45分、先客が数名と人気の塔ノ岳とは思えぬ静かな山頂に到着。

 気温はマイナス5度ぐらいだろうか。あまり風がないのでさほどの寒さは感じない。富士山もいつもより多めの雪を纏っているようだ。

 東側の表尾根から大山方面も、朝の光に輝いて良い眺めである。

 360度の素晴らしい眺めを堪能しつつ、この後どうするか考える。このまま北上して丹沢山に向かえば、さらに大量の積雪を楽しむことができるだろう。鍋割山まで足を伸ばし、さすがにこの時間であればまだ行列はないであろう鍋焼きうどんを久しぶりに食べてみるのも悪くない。多少の起伏はあるが、表尾根から三ノ塔尾根経由で下山するのも良いかもしれない。ただ、いずれのオプションもガラスの膝のことを考えると躊躇せざるを得ない。最近の登山では下山のたびに結構な膝痛に悩まされるので、できるだけダメージを残したくないところだ。ふと足元に目をやると、鹿のものらしき足跡が縦横に交錯している。昼間はにぎやかな山頂も、夜は野生動物たちが跋扈しているのだろう。

 あくまでも山の主役は彼らであって、我々はお客様に過ぎないのである。さすがに少し眠いし、目論見通り積雪も十分楽しむことができたので、今日のところは謙虚な気持ちを持って下山することにしよう。結局、山頂では50分近くのんびりと過ごし、7時30分下山開始。途中、水分補給のためにボトルを手に取ると、冷たい風にさらされてスポーツドリンクがいつの間にかシャーベット状になっていた。

 下山中は、朝イチのバスでやって来たであろう大量の登山者とすれ違う。とにかく膝をいたわってゆっくりとしたペースで下り、10時ちょうど無事大倉バス停に。近くの無人野菜販売所でワイフへのお土産にほうれん草を購入して帰路に。東名高速は大きな渋滞もなく、段取り良く昼前には帰宅することができた。やや変則的なスケジュールだが、たまにはこうした登山も悪くない。膝のことを思うと中々今後の登山計画も立てづらいが、本格的に痛めてしまうとロードバイクへの影響も大きいので、あまり無理せず少しずつ膝周りの筋肉を強化していくしか無いだろう。