this feeling again.

 

 

Mylesxietyさんの動画 

 

 

ちょうどこの時間帯に夕暮れ時、車で走る風景にとても癒される上、

日本ではなく海外、多分アメリカです。

 

それでこの車はゆっくり走っているように見えます。

ゆったりした雰囲気がまたいいですね。

 

車が流れるように走っている、

先に進んでいる感じがするのが、多分無意識に、落ち着くのだと思う。

 

他にも静止画だけど、どこかの建物の中から見える外の世界とか。

 

最近雑誌を立ち読みしたり、外国の映像とかもだけど、見ることが無いので

こんなに空気感や雰囲気がいつの間にか変わっていたのかと、知りました。

 

ところで。

 

この映像の中に出てくる看板にも無意識に目が行きますが、

サンタフェという看板があり、サンタフェと言えば、

 

あの宮沢りえさんの初のヘアヌード写真集の撮影地でした。

 

実は最近、それが気になります、気になることがたくさん。

 

日本の芸能界に関することかもしれない。

 

それまでは女性のヌード写真は、セミヌードとか、そこまではっきりと写し出す事がなくて、

ヘア、についてはぼかしてあったのが、この写真集もきっかけで、はっきりと写すようになったのかもしれないです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/Santa_Fe

 

サンタ、ですね、ヒントは。

 

91年といえば、私は中学校3年生で、ウーン、

あまり思い出はないかな、受験生でした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E8%A3%B8%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84

 

↑全裸スポーツについての詳しい話。

 

昔は、年に一度とかで、開催地が日本ではなかったと思いますが、

全裸マラソンてありましたよね。

 

びっくりする写真が出てきますが、元々は、

 

ユダヤ人のホロコーストの際に、裸にされた方々が、グラウンドを走らされたという

悲しい歴史上の事実があります。

 

今ちょうど、イラン、そしてイスラエル、アメリカ諸外国の間で、石油を巡り、またその力関係、宗教上の思想問題、それに加えて過去の大きなトラブル、事故、戦争の時の痛みの感情がいまだに尾を引いていたことに気が付きました。又、それよりも大きな問題としてはそのことを持ち出し、利用する人たちがいることです。

 

歴史教育というのは本当に大切であって、事実でなければならず、またそこに現代人が私情をはさむのは良くないと思います。逆にうまくいっていた時代について、なぜその時代はうまく行っていたかを多角的に分析する必要があります。

 

日本も同じで、敗戦国でありながら東アジアでのその立ち位置が、先進国よりであったことから、どちらかといえば、責任を任されやすい国ではあり、今ちょうど武器輸出問題でごたごたしています。難しいポジションの国です。

 

そんな時にこのヌーディストマラソンについて思い出しました。

 

正直、元々裸でいることが好きな人は珍しいし、少数だと思います。なんでそんなことするんだろうと、若い頃は思っていました。私は苦手だという人がほとんどでしょうし、その参加する動機についてもそのマラソンの発祥についても、なぜそれをするのか、そこが重要なのだと思う。

 

 

 

 

 

お試しコースを始めた所です。

一番お安い、プランを試してみたいです。

 

そして、このような手軽に素敵なホームページをで手軽にチャレンジ精神で

造れてとてもラッキーであります。

 

この幸運を活かしたいのだ。

 

ところで、偉そうなセリフを書いておりますが、まだ素人初心者、

 

そして、かじったくらいの知識で御座います。

 

どうか、簡単な読み物程度ということでご容赦ください。

 

ところで私のブログは読者はかなり少ないですが、

 

内容的にもそこまで面白くないので、それは承知しています。

その少ない縁を大事にしたいなと。

https://simplicident63.rssing.com/chan-52410120/article21641.html


 

この写真を見てわかる方は、多分この仕事をされたことがある。

 

上着とかは、袖が長いと、不恰好なんですけど、私は普通の人よりも腕が短く、だいたい自分で短くしています。

 

この服はジージャンですが、やはり袖丈を短くするのに、袖に開き部分があり、その部分をどうするか、がだいたいポイント。この服の場合、あらかじめ袖丈を短くする事を予測して、開き部分も上げるのを可能にするのに、2センチほど余裕がとってありました。

 

しかもチェーンステッチ。チェーンステッチは、ほどくことを簡単にするのに、専用のミシンで縫われてます。ジーパンとかは特にそうで、それだけ縫い目をほどくのは、手が掛かり、しかも布に傷がついたり穴を開けないようにするのに神経を使います。

 

なので今回、この袖部分の開きを見て何か嬉しくなり、写真に撮りました。

 

昔の服はだいたい、太ったり痩せたりしても、その都度広げたり小さくしたり、できる事を想定して作られていて、昭和世代の人は知ってたりすると思います。

 

なので、余白を多めに取るような、縫い代が大きくとられてあったりで、女性のスカートのウエストとか、男性のスラックスは特に、ウエストを、5、6センチ4、5センチは出せるくらい、腰の中央部分に、縫い代がとってあります。

 

 

 

出来上がり。

開き部分の元の縫い目のラインによる布地の曲がりがあり、カーブしてるのはしょうがない。まあまあ。

 

 

 

 

 

 

今でも多分、

自分も周囲も、不思議に思ったと思う。


私は超がつくほどの運動音痴である上、球技が本当に下手。


ドッジボールでは、逃げる専門。


なのにも関わらず、中学校に入学した時に、何故かバスケットボール部に入部した。

小学校の時の友人達が揃って入部するというので、私も入ろうかなと軽い気持ちで。


だが、当時私が通った中学校のバスケットボール部はとても強くて有名で、遊び半分ではなく、とても本格的に毎日ハードな練習をしていた。


なので今でもレイアップシュートだけは自信がある。毎日の練習で身体に叩き込み、身についたものは、ほぼずっと身についたままなのである。


そして、その後、やっと二年生に進級したら新一年生が入部し楽になる…というタイミングで、父の転勤があり、私は引っ越し、転校をした。


そのタイミングについて、どうも気になる。


父はその時一階級昇進した。


父は、出世は諦めた仕事の仕方をしていたようなのだが、多分その年の試験に受かったのだろう。


だが、引っ越し先では、隣県にアジトを持っていたオウム真理教の活動が活発化し、結局一年足らずで家族だけがまた、帰ってきた。


どうも私のことについて、何か噂が出ていたようで、直接耳には入らなかったが。その後の友人関係があまりうまくいかなかった。


何か気になる…もう、30年以上前のことなのに。


うちの父は、寝たきりになってすぐに、自力で食事が取れなくなり、転院先の病院で、胃瘻をすることになったのですが、胃と他の臓器との関係で、胃瘻ができませんでした。そのため、どうすればいいのか、病院の先生、と話をして、点滴をとりあえず流したいので、cvポートという、点滴のための入り口を作る手術をすることになりました。点滴は、何度も針を刺し直したり、ずっとそのままにはできず、皮膚が痛みます。


それで、1ヶ月ほど絶食状態ですっかり痩せ細ってしまったぎりぎりで、cvポートを作り、点滴で、栄養補給をしました。そしてそこから徐々に食事を取れるように練習しましょうとなって、何と食事が取れるようになりました。誤嚥性肺炎が怖いので、ほんの少しずつ看護師さんによって時間をかけて与えてもらい、そこから次の施設に移ってからは、介護に慣れているヘルパーさんにより、どんどん食事を与えてもらい、体重も戻り、だいぶ回復したという経緯を思い出したのでした。


本人は、寝たきりになる前くらいから入院して薬の影響もあり、話ができなくなっていました。なので本人の意思を知るのが難しく、家族で、話し合い、家族の希望としてそのような治療をしてもらった形でした。


家族としてcvポートを作ってから約2年半、施設でお世話になり。本人も家族も頑張った、という気持ちがあるため、亡くなる時は急でしたが、それまでに、体のあちこちが寝たきりのために痛んでおり、それ以上の治療が出来ないという事で、家に帰り、家族で看取ることができて、父は幸せな最期を迎えられたほうだなと、思い残すことはありませんでした。


家族とはいえ、外での父の事を考えたことはそれまでほとんど想像すらしたことはなかったのですが、色々と考えることがあって、またその存在については本当にかけがえのないものであったと思いました。


親孝行、したい時には親はなし、と言います。

007は、世界的に有名なスパイ映画、ですね、


私は今日、初めて見たんですが、

とてもいい気分転換になりました…!


外国の空気感に、プロのそういう人たち!


びっくり‼️^_^


アデル、の曲がラジオで流れてて、その曲を聴きたかった。

曲を聴きながら酔っているような気分になるのが、気持ちいいんですよね。