人は言葉ではなく沈黙によって結ばれる・・・沈黙の作法より |  群馬・看護師アーユルヴェーダサロン サラスワティ

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こんにちは!

 

アーユルヴェーダサロンサラスワティの星野です。

 

先月1回目のコロナワクチンの予防注射を打ってきました。

お昼頃に打って、夜くらいから腕が痛くなり

夜中は寝返り打つと痛みで何度か目が覚めるという感じです。

 

朝は痛くて腕が上がらず着替えが大変でした。

今日は何となく体がだるい感じです。

1回目はこんなものでしょうか?

 

コロナ禍からまた読書が始まったのですが

最近は柳美里さんの本にはまって何冊か続けて読んでいました。

 

この方は命4部作が有名で

私も命が最初のきっかけでした

 

それからこの方の本は読んでいなかったのですが

福島の震災の番組でこの方は今福島で活動していて

書店を開いている

ということを知りこの書店に行ってみたい

という思いが出てきまして

そこからまたこの方の本を読むようになったわけです

 

その中で興味深い本があり

興味深い個所をご紹介しようと思います

 

この本は柳氏と山折哲雄さんという宗教学者の方との対談形式です

 

あなたにとって、これまで生きて来て

一番つらかった出来事は何ですか?

 

という問いに

身近な方との別れ

と答える方が多いのではないでしょうか?

 

この本で対談した方も母との別れの時の事を

綴っていて

母と和解できなかったことを後悔し悲しみが押し寄せてきた

と振り返っています

 

ここからは山折氏の文を抜粋します

 

山折

母を亡くした頃、

日米の宗教学と心理学の研究者による

交通事故で伴侶を亡くした方々のグリーフワークについての

研究結果を発表しているのですが

 

精神的な後遺症が長く残るのはアメリカ人の方でした。

 

日本人の方がアメリカ人よりも心の傷の快復は遥かに早い

それはなぜなのか?

 

日本人の場合は亡くなった人の位牌を仏壇に祀り

日常生活の中で手を合わせたり

ご飯や水や酒を上げたり、声を掛けたりしていることが

快復につながっているのではないか?

 

というのが共同研究の結論でした。

 

アメリカにもお墓はあるけれど

家の中には日常的に死者と繋がる場所はない

 

日本人は仏壇で手を合わせることを

宗教的行為だと感じていない人が多いでしょう

 

しきたり、作法、日常的な習慣くらいの感じ方ですよね

でも、日本人のその無神論的な非常にマイルドな宗教文化が

深い悲しみや絶望からの快復を促進している

 

柳美里

でも、仏壇や墓を持たないという人が年々増加していますね

 

山折

そうなったら、遺族は死者とどこで会うのか?

 

どうやって、悲しみと一緒に生きるのか?

 

会話は少し違った方向へ行くのですが

 

仏壇で手を合わせること

この習慣が死者との別れから来る

深い悲しみや絶望からの回復を促進している

 

何気なく行っている行為ですが

仏壇を通して今は亡き人と会話をすることで

知らず知らずのうちに心が癒されている

 

日本人の素晴らしい文化ですね

 

私は父が生きているうちに

一緒に旅行に行ったり

映画を見に行ったり

してきたのですが

 

やはりもっと色々しておけばよかった

と後悔することも多々ありました

 

ですが

父の看病が出来て

意思の疎通ができるようになり

父の思いを受け取ることができ

また自分の思いを伝えることができ

父と通じ合えたなと実感できたこと

 

最後息を引き取る間際に一緒にいられたこと

看取ることができ

後悔はなくなりました

 

湿っぽいことが嫌いな父は生前時々

キリスト教の様な葬式がいい

キリスト教は最後歌を歌って送り出してくれるらしい

 

と言っていました。

 

キリスト教とはいきませんでしたが

 

息を引き取った後

看護師さんが最後の湯かんでシャワー浴をして綺麗に

してくださいました

その際私も一緒に入らせてほしい!

とお願いしました

 

時間は夜の9時くらいだったでしょうか

シャワーで綺麗にしているときに

入院中の患者さんが大きな声で歌を歌っていたのです

ちょっと認知症傾向の方だったのでしょう

何度も何度も同じ歌を繰り返し

 

歌の題名は忘れましたが高齢の方だったので

父の知っている割と明るめの歌でした

 

看護師さんはこんな時にすみません!

 

と恐縮していましたが

父は歌を歌って明るく送る出してほしい

 

と言っていたので

神様が父の願いを聴きとってその方に歌ってもらったのだと思い

なんだか嬉しくなりました

 

そんなことで私は割と仏壇にはさっぱりした気持ちで

手を合わせることができています


 

沈黙の作法は

 

人は言葉ではなく沈黙によって結ばれる

沈黙の力とは?

 

という深い内容の本です

 

 

父は意識は戻っても人工呼吸器は外れなかったので

言葉での交流は出来なくて沈黙の時間でした

でもそのことによって心を通い合わせる

ということが実感でき

 

心通じ合うことができると実は何もいらなくて

安心しリラックスし心満たされるのだな!

と感じることができました

これは私にとって貴重な体験でした

 

この記事はお盆の時にご先祖様を思い書いたのですが

途中中断してしまい

今頃載せることになってしまいました

 

なんだかいつものように取りとめもない記事になってしまいました

 

 

沈黙の作法

 

興味のある方は是非読んでみてください

 

 

 

 

うっすら彩雲でよく見ると大きな輪になっていたのです🌈

飛行機雲も