えーーーー、おはようさん。
我がこと、新しいプログラムにそって
一つ一つ、社会性の階段を昇ろう!としているところですが・・。
私が、けっこうイライラします。
やっぱり就学スイッチがはいっているのかな?
そんなことでいいことなんて一つもないのに・・・
現在、指導をうけているRDIではビギナーのための
講座?というか討論もあり、ネット上ですが
同じような思いをしている人が初心者にはけっこういるようです。
どの世界もそうなんだろうけれど、最初によむ論文のやたら多いせいか、
一度ななめ読みして、あとで読もう!とおもっても登録しておかないと
二度と巡り合えないこともあるのでうろ覚えですが・・。
しかも英語。
まあとにかく、
ABAをやりこんできたお母さんに、このイライラは多いそうです。
(ここら辺は日本語で、どういう感情になりやすいかーという指導もうけました)
で、ここからが英語
「指導の工夫」という作りこんだ設定ができにくいトレーニング法のだからのようです。
だからこそ、「みまもる」的な性格や、「あらあら、手伝ってあげるね」でない人は、最初のストレスが大きい。
私がいま、あえいでいるのは、
「やらねばならぬ」をどうするか・・です。
「やらねばならぬ」ことって実生活ではけっこう多いですよね?
それを、「子供の気分をのせたり」せずに、子供がやる・・・
できないことは、「まだできる段階ではなかった」と一段さがって補助する。
えーーーーーーーーーーーーーーー。そんなのやだ!
だって、たとえば、「お着換え」なんてできるのを知っている。
それを1度の声掛けでやらないときはどうするの?
「あー。ふーん。やんないんだ」でほっておいて
最後の5分でダッシュで着替える、で、そこで慌てて
裏表だの靴下のかかとが、上に来ているだので、
現在、わがこには「余計な癇癪」が増えている気がする。それにつきあうのが、もーーー。泣きたいのはこっちだわ!上のこの時は、「私、今日お着換えしないで登園する!」
「あっそうなの」で、ほんとうにパジャマ登園させたこともある私ですが
あの子には、「それにともなう癇癪」がなかった。
だから一歩2歩譲っても引いても、余裕のよっちゃんで
「ね~、いったでしょ!?」で、気づきをまてた。
でも、同じことを経験させてもさすが、自閉症的な癇癪(うわ~着替えたかった
うわ~もう気がえられない。うわ~~、もうダメ、嫌い嫌い嫌いの繰り返し)
をおこされると、「だ~からいったんだよ、わかったか~」という
気持ちになります。
1、2の課題はぽんぽんっと理解した気になっていたのに
3課題「決まりきった仕事のなかでの変化に対応」
でおおはまりしています。
今日は今日で、
たっぷり時間をみて、登園できるようにしていたのに
「帽子!忘れた!」の私の一言に
「帽子ないの?取りに帰ろう?みんなかぶっているよ、僕だけないよ~~~ぎゃ~~ん」
やかましい!!!3.8キロも自転車こいで帰れるか!!
ああ。どっちがいいか、明白だけど
昔の我がこなら、
「帽子・・ないねえ」おしまい。
いま、なんだろう、このぎゃんぎゃん。
まあ、抜けだすわよ。必ず・・・。自信ないけれど。
そんなこんなで、いろいろ考えて、たぶん、上の空だったのでしょう。
愛用してきた、私と苦楽をともにしてきた、愛用のALL-CLADのフライパンを
完全に、ご臨終にしてしまいました。
CFGFSF, SCD、BED・・・いろんなダイエット調理法のときに
常に傍らにいてくれた私のフライパン・・
ごめん、一生もの・・だったのに10年しかお付き合いできなかった・・・。涙。
