データ分析を駆使してベトナム戦争に勝利しようとしたが、
数値では計れないベトナム人の愛国心やアメリカ市民の反戦感情に目を向けず、
300万以上の犠牲者を出す泥沼の戦争を招いたとされたことで
数字にばかりこだわり物事の全体像を見失うという意味の
「マクナマラの誤謬(ごびゅう)」を生んだと言われる
アメリカ国民の声を爆発させた記録内容は
〇1966年までの北爆の死傷者は、3万6千人と推測されたが80%は北ベトナム軍ではなく一般人であった
〇我々がベトナムにいる理由の10%は南ベトナムを守るため、20%は中国をけん制するため、70%はアメリカのメンツを保つためである
マクナマラは、ベトナムからの撤退を視野に入れ、
ジョンソン大統領に戦争以外の決着の方法を検討すべきだと進言した。
「軍事計画だけでなく他の道も探るべきです。
軍事行動だけでは自殺行為に等しい」
「先行きの見通しのないままこれ以上の兵をベトナムに送るのは非常に危険です」
しかし、ジョンソン大統領がこの進言を受け入れることはなかったという。
マクナマラは戦争継続のために、その後も国民にウソをつき続けるしかなかったのであるという
「どんなに追い込まれても、なぜ、和平交渉に応じなかったのか?」
北ベトナムの元総司令官は、こう答えました。
「わたしたちは、必要があれば100年でも戦うつもりでした。自由と独立ほど尊いものはありません」
分析の天才マクナマラは、最後までその答えに納得できなかったそうです。
米国はその後も「マクナマラの誤謬」の教訓を活かせないままで、アフガニスタン、イラク戦争も、ベトナム戦争の際のマクナマラの楽観的見通しのように、戦争に着手して、敗北して撤退していった。「キルレシオ」は兵士たちの戦死者を想定したものだが、米軍はベトナムでも、アフガニスタン、イラクでも兵士だけでなく、多数の市民を殺害していった。そういう意味では番組はマクナマラの「キルレシオ」をやや大袈裟に扱っているように思えた。日本は2015年に米国と集団的自衛権を確立し、米国の戦争につき合うことを法制化し、ベトナム戦争の時のように、中国をけん制する米国と歩調を合わせて、防衛費倍増、反撃能力の保有に至っている。日本もまた軍事力の数値比較だけで安全保障を考えているようで、それが国民の幸せをもたらすとは思えない。

