「日本保守党のお前らは、お前らが左派だ、親中派だと誹謗中傷しまくっている人々からの納税でも飯を食っとるんや。これまでのコメンテーターと違うことを自覚しろ」とやり返した。
さらに橋下氏は30日、前日29日に行われた日本保守党の記者会見の切り抜き動画に反応した。この動画では、百田氏が会見の終盤で、「あれを『外見や』と言うて捉えるということは、そう捉える人はそう思ってるんやろね」などと説明している場面が映っていた。
この動画を受け、橋下氏は「こんなことは民間人でやれ。お前らに莫大な税金が費やされていることを自覚しろ。こいつらのせいで日本の大切な道徳・美が壊されていく」と批判している。
石破=醜い=間違っている。こういう論理を打ち立てるために、刺激的な言葉を単純に直列で並べたわけです。
しかしながら、今回の炎上が示したように、この種の表現は自分への逃げ道を塞いでしまうことにもつながります。刺激的なメッセージを強い言葉で伝えようとすると、内容と語句の形状が密接につながっているために、ひとたび間違うと身動きが取れなくなってしまうのです。
つまり北村氏のアジテーションは攻撃に全振りしすぎなのです。
曖昧模糊とした対話の中から、お互いの腹を探り合って、論点、妥協点を見出していく熟成の様が、かつての政治にはありました。
それが様変わりしたのが、平成以降の劇場型政治です。そしてSNSによって加速度的に政治の言語が劣化していっています。
「いいね」をクリックするのと同時に理解できる程度の平面的な文章が秒単位で拡散されていく。その一方で表面的な刺激だけは濃縮され、支持する人達の声も増幅されていく。
そんな歯止めの効かない軽薄さが選挙の主流になってしまったことが、今回の参院選であらわになりました。北村氏の“暴言”は、その象徴的な例なのです。
対立する勢力に向けた批判、罵倒、呪詛を喜ぶフォロワーが増えていき、自身の影響力の大きさに自信と快感を得る。そうした日々の繰り返しが、今回の暴言を生む温床となったのです。
当然それはワナです。フォロワーから悪口を期待され、応えようとすると、負の感情の奴隷になってしまう。瞬間的な「いいね」は、そこで立ち止まって考える余裕を奪います。するとフォロワーから承認という形だけの報酬を追い求めることになる。
北村氏のように、学識、職歴、資産、社会的地位を持つ70歳近い立派な人物であっても、なにかの拍子にこのルートに乗っかってしまうと、冷静な判断力を失ってしまうのです。
だから、今回の騒動は北村氏個人だけの問題ではありません。
SNSを上手く活用した人間が有利な選挙戦だとするならば、ゾンビのような中毒者が勝者となる。そんな危険な時代を迎えているからです。
橋下さんは言葉遣いは悪いけれど、北村氏や百田氏らを厳しく諭している。
>普段は石破首相に批判的なネットユーザーも、さすがに擁護のしようがないといった様子です。一線を越えた誹謗中傷である。これが大方の認識です。
と指摘する通りだし、橋下さんが激しい言葉で非難したのも「一線を越えた誹謗中傷」だからでは。
そしてこの7月、選挙で当選した、あるいは躍進したことで慢心したがゆえの問題行為や発言が多発している。
「何の影響力もない人間がこれから頑張ろうとしている人間の足を引っ張らないで下さい」のへずま君しかり、TBSに抗議攻勢した参政党神谷氏しかり。
さらに今回の北村氏もそうだし、大躍進したことで思わず口を滑らせてしまったのだろう。
>《小学生の小競り合いで「お前の母ちゃん出べそ」並にレベル低すぎんねん》
結局、どうやってマウントを取るかっていうのが
政治家の頭の中の大部分を占めるようになってしまったんでしょう
頭の悪い奴が支持してくれるんだから「汚い日本」がずっと続く
もう日本は国家破産してからじゃないと良い方向には進みません


