皆既月食が近づくにつれてか
ここ数日は異様に眠いです
Sarah
サラです。
沖縄の緊急事態宣言が
6月20日まで延びたと聞き
ハラハラしました
今回は初めて、夏の季節の
沖縄入りとなります
コロナ禍の中、色々と心配事もありますが
とにかくやれることをやって
過ごしているので
着々と整ってきているようです。
沖縄は魂の故郷なので
何か大きな力が働いている様な
氣がしてなりません
さて、いつものことながら
ブログが全然進まず
書き直し、書き直しで
ようやくOK出ました
私の不定期なブログを読んで下さり
いいね!下さる方々
本当にありがとうございます
小まめに訪問できず
不器用な私でごめんなさい
ノートPCがそろそろ本格的に
ヤバくなってきました
ここ最近、毎日突然落ちては
自動修正がかかってヒヤヒヤしています
もうすぐ5年経つのですが・・・
そろそろ替え時なんでしょうか
あ、ドライヤーはついに買い換えました。
私よりも髪に拘る息子がしょっちゅう
バンバン叩いていたので時間の問題かと…
パナソニックさんにしようか迷いましたが
ドライヤーにしては高すぎるので
とりあえず間に合わせで
コイズミさんを!
貯まってたポイントで。
学習机のイメージしかありませんでしたが
コンパクトの割りには風力も強く
すぐ乾くのと、色が綺麗なメタリック
ブルーなので
結構、氣に入ってます
息子は赤を欲しがっていましたが、生憎売り切れで。
すみません。
前置きが長すぎました。
先日、厳島神社さまで
推古天皇祭が
執り行われていたと思うのですが
平日の朝は渋滞するので
今回は無理して行くのはやめておきました。
昨年の今頃、記事を上げていたので
よろしければその時の様子をご覧ください↓↓↓
毎年、5月15日は厳島神社さまにて
御島廻式(おしまめぐりしき)
御烏喰式(おとぐいしき)が執り行われます。
前日の厳島講社大祭↑
御島廻り式とは
船に乗って島を一周しながら
参拝する古くからの風習で
『安芸の宮島廻れば七里
浦は七浦、七えびす』
と、唄われるほどです。
宮島観光協会さんでも年に2回
船でぐるっと一周してくれるみたいです。
今はコロナで中止かもしれません。
年に一度、宮島の周囲に鎮まる
厳島神社さまの末社七つのお社を
御師(おし)と伶人(れいじん)
が乗る船と
厳島講社員が乗る船に
分かれて遥拝する
神鴉(ごがらす)さまとの
共同御神事。
参拝者たちはこの日までに
穢れを祓っておく必要があります。
中でも末社ではないのですが
養父崎神社
(やぶさきじんじゃ)
沖合にて
御師が祝詞を上げ
伶人が笛を奏上し始めると
つがいの神鴉が杜の中から
海面をかすめて飛来してきます。
この時、お供えした粢(しとぎ)団子を
合わせて六つ銜えて杜へ運んでいかれれば
御烏喰が上がって、一年間
講社員たちにも幸福が
授かれるというものなのですが
もしも、穢れがある者がいれば
(喪や生理中の女性はもちろん
食べるものにも氣をつけます)
御烏喰は
上がらないのだそうです
私は、初めて参加した年は
それはそれは細心の注意を払って
ニラ、ネギ、ニンニクなどの刺激物と
お肉やアルコール断ちをし
万全を期して参加しました!
そんな努力と参加者の
日頃の功徳のおかげか
以後、毎年四年間は
御烏喰が上がったのですが
五年目は、念願の熱田神宮さまに
参拝する日と被ってしまい
御島廻りの参加を断念いたしました
でも、これはきっと神謀り。
熱田神宮さまの摂社でも
日時こそ違いますが
烏喰の儀式というものが行われていることを知り
神烏さまとの強い結びつきを
感じられました!!
しかし、昨年も今年も
残念ながらコロナにより
厳島講社員の安全を考慮して
神職さまのみで執り行われました。
二年前は上がらなかったと
参加した方から聞きましたが
そういえば昨年の御烏喰は
上がったのか聞いていませんでした・・・
昨年はコロナで
管絃祭も中止になった程なので
もしかして上がらなかったのかしら?
と、推測してしまいます
今年は案の定
といったら申し訳ないのですが
御烏喰は上がらなかった
みたいです
烏とはいえ、そんじょそこらの烏ではなく
神がつく鴉(←こんな字)さんですからねえ
コロナ騒動が終わらない限り
神鴉さんはお供えを
食べて下さらないかも
神鴉さんは秋になると対岸の
大頭神社さま前で親子の別れをし
親烏2羽は速谷神社さまを経て
紀州の熊野に帰っていくそうです。
Sさんは今年は特段、大頭神社さまに
足をお運びになっているようで
私は昨日、速谷神社さまが浮かぶと思ったら
Sさんがお参りに行かれていたようです
Sさんは毛利さんや宗像三女神さまの御使いで
いつもお忙しくされています…笑
この特殊神事には
参加できませんでしたが
前日、Sさんと宮島へ赴きました。
厳島神社さまでは思いがけず
蘭陵王さまの奉納舞が見れて
幸せなひとときでした
ガラガラの厳島神社↓
↑上の灯籠は「頼政灯籠」といって
源頼政さんの29代後の子孫が奉納したもの。
レプリカですが、本物は宝物殿にあります。
蘭陵王さまの舞は推古天皇祭もですが
大事な祭典の折に
厳島神社本殿や高舞台で
見ることができます!
あと結婚式でも。
オプション的に
式典が終わって、回廊を歩いていると
SNSで数年前に友達になった方に
よく似た方を見かけました。
お会いした事がなく
マスク姿なので尚更ご本人かどうかを
判断するのは難しいのですが
その方の目を見た瞬間
ご本人の様な氣がしてなりませんでした。
私は人の名前こそ覚えられませんが←名前は苦手
一度でもお会したり、目の印象を覚えていれば
大体判ります
やはりご本人さまでいらっしゃいました
この後、3年前に一度だけお見かけした方に
バッタリ遭遇します。それはのちほど。
続いて、厳島神社さまを出て
大願寺さまの
境内に入った時でした。
何だか殺風景で
妙な違和感を覚えました
龍神社にてご挨拶すると
何だか元氣がないような…
な、ない!
九
本
松
が
全
て
切られてるーー
ついに全て伐採されてしまいました↓
ガーン・・・
ガーン・・・
ガーン・・・
3月まではまだ枯れ木だけ伐採され
辛うじて残っていたんですけどね
↑こんな風に枯れていました
松くい虫だとしたら
他の幹まで蝕まれるので
やむを得ない判断だったのでしょうね
松は龍神さまの宿り木ともいうし
ショックでした・・・
しかし、伊藤博文公のお手植えの松だし
天からの啓示の様な氣がして
ならないのは私だけでしょうか
昨年から大願寺さまの弁財天祭は中止。
今年も中止とのお知らせが
届いていました
お祭りが行われないということは
神様をお慰めする力が
弱くなるということですから
お祭りが中止されると
守護の力も弱まり心配です
氣を取り直し、この後は
大好きな大元神社さまに参ります。
稚拙ではありますが
奉納演奏をして参りました
大元神社さまは
厳島神社さまよりも大変古く
摂社となっていますが
古くからあるということもですが
こちらの方が威厳を放っております
私にはそう感じます
ご祭神にいたっては
国常立尊
大山祇神
保食神
佐伯鞍職(さえきのくらもと)
推古天皇の時代に
宗像三女神さまの御神託から
八咫烏に案内され
厳島神社を創建したとされる
最初の神官である
佐伯鞍職さまもお祀りされております。
私は大元神社さまの佇まいと
御祭神のお顔ぶれが大好きです
すぐ近くには
昔、水晶が採れたとされる山があり
この辺一帯の氣がいいのです
氣持ちよく唄っていると
なんと!
ご本殿に
一羽の烏さん
参上!!
本殿内を行ったり来たりと飛来し
私たち(←この時Sさん一緒でした)の
様子をずっと見ているようでした。
あ、大聖院の三鬼堂さんにも
ご挨拶してきたからカラス天狗さん経由で
弥山から降りてきたかな?
結構、長く寛いでいたのですが
参拝者は外国人の方がお一人見えただけでした。
その内、お賽銭を改修しに
神職さまがお見えになりました。
私の持った楽器をご覧になるや
「三味線?」
(私)「いえ、これは三線です」
「あー蛇皮線(じゃびせん)ね!!」
私も三線を習うまで知らなかったのですが
三味線のルーツは
中国から琉球へとやってきた
三絃という楽器が三線に形を変えました。
更に遡るとエジプト、ペルシャ、インド経て
中国に渡ってきた琵琶になります。
へー
琉球から本土に入ってきた
三線を琵琶法師たちが
使いやすいように
三味線に改良したそうです。
へー
大願寺の弁財天祭では
琵琶の奉納演奏が行われます。
平清盛といえば、琵琶法師ですし
宮島では管絃祭が重要なお祭りですので
宮島で音楽を奏でるのは
私の夢でもありましたし
大元神社さまでは初めてでした
神職さまのお一人が
沖縄、終戦直後米軍から支給された
空き缶で作った
カンカラ三線の話をして下さりました。
どんなに辛い時でも
唄と音楽を愛した沖縄の人々。
元々、琉球音楽は神遊び(かみあしび)
といって神さまに捧げる儀が
起源だったそうです!
その後は王族のものから
庶民たちにも親しまれる様になりました。
奇しくも、翌日の御烏喰い式は
沖縄本土復帰記念日だった
って氣づかされました。
神職さまは
「ゆっくりしていって下さい」と
言い残し、去って行かれました。
境内のクスノキさん
大元神社さまは
御島廻りのゴール地点であり
これまでの扁額が奉納されている
大事な拝所でもあります。
私は今年、最初に参列した
宮島のご神事が
大元神社さまの百手祭でした。
的の裏には
鬼に模した文字が書かれております。
甲、乙、ム=甲乙無!
甲乙つけ難しという意味で
一年のはじめに争い事をしない
という願いが込められています。
要は邪氣祓いですね。
詳しい内容は過去に記しておりますので
良かったらこちらをどうぞ。
↓↓↓
今年の百手祭は
抽選くじはなしと聞いていましたが
それでも大元神社さまの
お祭りに参列することは
私の楽しみでもあるので
今回は、我欲を捨てて純粋に
向き合ってきました。
ちなみに、抽選は一等が
神職さんが射った矢なのですが
こちらはかなりの強運の持ち主
もしくは宮島と縁が深い方が
当たっているように感じ入ります。
二等は餝飯(ほうはん)といって
戦国時代の兵糧食を
神饌として献じたものとなり
神様の波動たっぷりの
パワーフードとなっています。
私と息子は
こちらの餝飯(ほうはん)を
棚ぼた式で戴いたことがあります!
その時、一緒に拝殿内で
食事をした女性の方と
なんと、数年ぶりに島内でバッタリ!!
それも、昨年、新設された宮島名物
おもてなしトイレにて。
おもてなしトイレの様子は
上記の推古天皇祭の記事で紹介しています笑
いやあ、こんなことってあるんですね~
トイレと言っても
こちらのおもてなしトイレは
観光案内所が併設された
休憩所となっていて
そこの観光案内をされている
女性でした。
以前、そんなこと言ってたような・・・
薄っすらあるようなないような。
こちらのおもてなしトイレは一年前に
出来たばかりですし
宮島口の待合所にある総合案内所は
地元民は滅多なことでは
利用しませんので会う確率は低いです。
Sさんが「ちょっとおトイレ・・・」と
言って、入らなかったら
完全に出会わなかったし
ましてや、マスクをつけていたのに
よく氣がついたね!?レベルです。
しかも3年前に大元神社さまで
一度しか会ったことがない面識で。
やはり
人の第一印象って目で決まりますね
これも大元神社の神様の
粋なお計らいだったのでしょうね~
帰り際、海沿いを歩いていると虹色発見!!
よく見ると龍神さまがサインを
送って下さったようでした~
この日は一日ガラガラで
宮島で生計を立てている方々には
大変恐縮ですが
宮島の自然が今までとは違って
生き生きとしているような・・・
正しく神の島といわれるに
ふさわしく。。
古の先人たちのように
人と神様とが良い関係を築けるよう
一刻も早く、自然との関係性を
見直さないといけない時に来ているだけに
そう強く感じたのでありました。
ここまでの長文、お読みいただき
ありがとうございました