このところNHK総合テレビで手塚治虫の「火の鳥」のアニメ版(抜粋で5編)が再放送されていました。ヒロシは、若い頃に一度ペーパーで全作を読みましたが、非常に印象に残る漫画でした。というのも手塚治虫のライフワークでもあるこの作品は、命、生と死、進化、戦争、平和、宇宙、神、仏、輪廻などのテーマが、過去から未来にわたって壮大なスケールで描かれている作品だからです。

 アニメ版は、今までに映画をはじめいろいろとあったようですが、ヒロシが見たことがあるのは2004年にNHKで放映された「アニメ火の鳥」で、今回再放送されたものだけです。

 火の鳥というのは、時として鳳凰のような形で現れる宇宙エネルギーの化身のようなものとして描かれていて捉えどころが無いものですが、現代の宇宙論におけるダークエネルギーを示唆するような感じがします。

 手塚治虫は、その美しい描画、幅広く知的なセンス、壮大で哲学的、先進的でかつ幅広いテーマ、分厚い読者層などからいまだに日本史上最高峰の漫画家だと信じています。そのライフワークですから氏の考え方や持ち味がすべて出ているといえます。アニメ版では、音楽も偶然なのかヒロシが敬愛する音楽家たちの手によるものになっています。

 テーマ曲は、いつも仕事のバックで聴いていたチェン・ミンさんの二胡と諌山実生さんのヴォーカル、バックはチェコフィルです。そして、音楽担当は、内池秀和さんと野見祐二さん、中でも野見さんは、ジブリ作品「耳をすませば」で流れるみずみずしい音楽を書かれた作曲家です。エンディングテーマは、歌唱力抜群で大好きな中島美嘉さんです。

 テーマ曲のモチーフになった原曲は、手塚治虫が生前愛していた作曲家ベートーベンのピアノソナタ第8番「悲愴」第2楽章の主題です。これも実は大好きな曲です。暗い感じの1楽章と3楽章に挟まれたこの小曲は、未来への希望と勇気が湧いてくるような、明るく背中を押してくれるような不思議な暖かさを持った曲です。
ちなみに、ヒロシは太極拳をするときには、このテーマ曲をバックにすることにしていますが嘘でなく元気が出てきます。

 ヒロシは、クラシックギターを弾きますが、よく他楽器の作品をギターにアレンジしたものも弾くときがあります。この曲もいくつかギター編がありますが、メロディーが豊かなのでそれなりな曲にはなるのですが、どうしても感情豊かに弾くところまで到達しません。 そこで、これはやはりピアノでなくてはダメだと思い立ちました。なぜかこの曲だけでいいから死ぬまでにピアノで弾けるようになりたいと思うようになりました。

 ヒロシは、小学生低学年でバイエルを練習したことはありますが、それ以来60年間ほぼ触ったことのないピアノで、無謀にも原曲そのものを練習しはじめました。そもそもクラシックギターは爪を伸ばして弾くので、ピアノとは両立しにくいのです。 コロナ禍ということもあって、毎日練習して約半年でどうやら形になりましたが、いまだ挑戦は続いています。

そんなこともあって、大好きだらけのこのアニメを見返しみると、昔と違った気づきを得ている自分を発見し、手塚治虫の偉大さを改めて噛みしめています。


 

「白鳥の歌なんか聞こえない」(庄司薫)・・・青春の憧れと不安、きらめきを感じる

 前回はじめた「私を励ましてくれた言葉たち」シリーズに続き、「私が出会った想い出深い本たち」シリーズを開始しました。といってもヒロシの単なる思い出話になりますが。


 第1弾は、「白鳥の歌なんか聞こえない」です。人にはそれぞれ青春の1冊と言えるような本があると思います。愛読書とは限らず、感受性の強い思春期から青年期の頃に印象が強かった本のことです。おそらく10人いれば10冊違う本があげられることでしょう。


 ヒロシの場合は、この本ですね。作者の庄司薫氏は奥様がピアニストの中村紘子さん(故人)だったことでも有名な芥川賞作家です。60代後半以降の方なら読んだこともおありになるでしょう。最初に読んだのは高校2年生ぐらいだったでしょうか。今でも3月の今頃になると今でも必ず読む本ですので50年間以上読んでいる計算になります。
 

 学生運動で東大の入試が中止になったため浪人することになった日比谷高校生が主人公で、女友達の由美や愉快な友達たちが登場するお話です。ヒロシと少し時代はずれるものの同じ年頃の都会の少しブルジョアジーの頭の良い高校生で、地方にいた私にとってある種憧れるようなシチュエーションでした。NHK銀河ドラマにもなり、由美の役として出演した仁科明子(のちに亜季子)のデビュー作品だったと思います。

 テーマは学生運動が激しい世相の割にはなぜか主人公の薫くんのプチブル坊ちゃん的な知的生活とけだるい春の雰囲気、そして何よりテーマであるところの「生と死」のことが、そう暗くなくみずみずしい文体で綴られていきます。その筆致が当時の小説としては非常に新鮮で共感しやすく、若いヒロシにとって春の風の匂いまで感じられるさわやかな文体に感じました。

 ヒロシも10代後半でしたから人に言えない悩みも抱えておりましたので、何かひとつの理想として彼らの生活に憧れるようなところもありました。当時人気だった庄司薫氏の方位を示す四神の四つの色、すなわち青白赤黒が題名につく4部作(この本プラス「僕の大好きな青髯」「赤頭巾ちゃん気をつけて」「さよなら怪傑黒頭巾」)のすべてを読みました。

 表紙を開けると即18歳の自分に戻ることができます。当時の将来の夢や好きだった女の子のこと、学校のこと、春先の木々の花や匂いまでがよみがえります。それが脳内麻薬のようなものを出すためか、今頃になるとこの本を読まずにはいられなくなってしまいます。
 

「幸せはいまいる場所にある」・・・いつまでも幸せになれないと思っている方に
 

人は、うまくいっている時は自分の人生に面と向かうことは少ないように思います。だからこそ突っ走ることができ、何事かをなしえるものだとも思います。しかし、こと病気などのトラブルを得てしまうと、ふだんと違っていきなり自分の人生や運命などと真っ正面から向き合うことになります。


70年近く生きてきてもそうした時期を乗り切るための確たるノウハウはいまだに持ちあわせておらず、そのたびに苦労して試行錯誤しています。そんなヒロシですが、私の半生においてそんな病気やトラブルなどで心が弱くなったときに励ましてくれた言葉たちを紹介することくらいならできると思います。自分自身が復唱してかみしめるためにも思いつくたびに書いていこうと思います。

私を励ましてくれた本の言葉たちの記念すべき最初の言葉は、「幸せはいまいる場所にある」です。

悲しいことに、私たちの多くは幸せになるのを延期しようとする・・・それも無限に。「いつかきっと幸せになるはずだ」と自分に言いきかせて(略)私はアルフレッド・ディソウザの言葉を引用するのが好きだ。彼はこう言った。「私は長いこと、本物の人生はこれから始まると思って過ごしてきた。だが、いつもなにかに邪魔されてきたー先に片づけなければならないこと、やりかけの仕事、借金の返済。それが終わったら人生が始まるだろう、と。やがてついに私は悟った。こういった邪魔者こそ、私の人生だったのだ」
(引用「小さいことにくよくよするな」:リチャード・カールソン著)

ヒロシも今は辛いが入試が終わったら〇〇できる、卒業したら自由になってやる、定年になったら思いっきり〇〇してやる今は我慢だ、そうしたらようやく幸せが来るんだという思いで生きていたような気がします。

だけど、いつまでたっても次々問題が発生してイライラが無くなることはありませんでした。そうした問題をクリアしていくことこそが「人生」と呼ばれているものそのものなんだということにこの言葉が気づかせてくれました。人生はゲームやダンスに近いものでたとえ困難なことがあってもその過程こそ楽しむべきだとわかったのです。だから「今この時こそ」が幸せになるべき時なんですね。