ヒロシは、現在は情報過多の時代だと思っています。便利と思うことも多いのは確かですが、時には必要の無い情報までどんどん侵入してくるのには閉口します。
人との付き合いも、「リアル」な付き合いは激減しましたが、かわりにSNS、特に
「LINEグループ」というのが出来てから何でもかんでもグループに入れられて付き合わされてしまいます。
ヒロシは、LINEの情報セキュリティなどシステム自体に不信感を持っているので最初は参加するのに抵抗感がありましたが、今や日本の情報インフラとして政府までが使っているので逃れようもありません。
学校の同窓会のメンバーとの付き合いも、以前は親しい人を除いては、年賀状で消息を知りつつ旧交を温める程度でした。そんな時、文面から現在の姿やその生活を思い浮かべたり、年賀状は来ないものの女学生との当時のロマン?に浸ったりしていい時間を過ごせたものでした。かといって、別に手紙を出したり写真をやりとりしたりなんてことはしていませんでした。
しかし、いつだったか「同窓会LINEグループ」に参加しないかというメールがきて、そのグループに入ったときから、直ちに、いつでも同窓生と連絡が取れる状態におかれ、望むと望まないとに関わらず、即、簡単に写メやTV電話で学生時代とは似ても似つかないほどに変わってしまった相手の現在の姿や生活を見ることが出来るようになってしまったのです。
「いつでも連絡できるし会える」というのは便利かも知れませんが、「また会いたいね、連絡するね。」と言いながらも「でも出来ない。しない。」というぐらいの関係がちょうどいいような気がします。
昔の恋愛ドラマ「君の名は」は、当時、携帯電話があればドラマにすらならなかったでしょう。昔は不便だったけどロマンがありましたよね。
室生犀星の詩に、「ふるさとは遠くにありて思ふもの そして悲しくうたふもの・・・」という詩があります。
同窓会でたまに会うとしても、お互いが連絡しづらい、会いづらい方が思いがつのりやすく、また、永遠に当時の若いままの姿の想い出を抱えながら生きてゆけて素敵ではないかと思ってしまいます。