ピグ恋~ピグから始まった最後の恋~ -512ページ目

出会い(3)


―インターネットの普及で、

〝出会い〟の窓口は確実に広がった。―





「ブログなんて時間の無駄だ。

顔も名前も知らない奴を友達と呼ぶおまえの頭はおかしい」




当時同棲していた彼は、余暇の時間をそれに費やすあたしに言った。




無駄にするかどうかは、あたし次第で

ブログからその人となりが垣間見えると反論しても

この世界を知らない彼の耳には届かず・・・。


確かに彼の言うとおり、どんな仮面を被っているかは見抜けない。

性別すら本当のことかも分からない。

出会い系サイト絡みの痛ましいニュースが流れるたびに

ブログをやめろと激しい罵声を浴びたが


インターネットの世界を十把一絡に言われるのも違和感があった。




紡ぐ言葉に

1枚の写真に

感動したフレーズに

切り抜かれた日常の1ページに

人となりが映し出され

外見では分からない何かが心に届く。




そこにできたコミュニティを否めず

あたしは戸惑いながらも

その習慣を捨てることができずにいた。





彼との同棲に終止符を打ち

また一人に戻ったあたしは

味気ない日常を繰り返す中で

今まで以上にブログの中にある

目に見えない何かを求めて目を凝らしていたのかもしれない。





まだピグのなぃアメーバブログで

ペタという読んだ事を意味するお知らせ機能だけで

自分の存在と相手の存在を認識していた時代。





辿り着いた先のブログに相通じるものがあれば


ペタをして・・


ペタがかえってくる。





面白いと思った記事、共鳴や感動を覚えた記事にコメントを残す。






ヒカルが紡ぐ言葉が、醸し出す世界観が

人間の脆さや果敢無さが、あたしの何かをくすぐった。


平面から抜けだした活字が立体的になってあたしの心を刺した。

強烈に惹かれていく自分に気がつく。


それは小説の主人公に心を奪われるような

それに似た錯覚だと思っていたが


ブログはコメレスという手法で答えが返ってきた。





自分の気持ちを誰にも悟られないように

小説家を生業とするヒカルのブログを何度も読み直しては

響いたことを伝える。




確かそんなやり取りが初めで

それから互いが恋に落ちるのに

時間などいらなかった。






心臓の奥でマグマのように沸々と燃ゆる恋の炎は

平面の枠を超え

画面の向こうの眼差しを

言葉を彩る唇を

音色を奏でるような指先を


近くで感じたいと言う思いは


ブログという媒体特有の

境界の曖昧さで

意図も簡単に越境できてしまう。





そして・・・。


あたし達は出会った。





それまでの時間を埋めるかのように

長い時間をかけて、心を確かめるように会話で埋めた。


平面の奥行きまでしか触る事が出来なかったヒカルの世界が

目の前のリアルとなった。

時に、1枚の写真や1冊の単行本についてだったり

窓の向こうを流れる雲や

公園の木立から覘く恍惚な月をリアルで触れられる悦びが・・・





次第に重ねてきた心が膨張し

好きだと言う思いだけで涙が溢れると

思いの丈を吐露したが・・・





それはシャボン玉のように儚く宙に散った。






ヒカルには・・・・。












ヒカルが最後にあたしに充てた記事が

谷川俊太郎の『かなしみ』だった。




あたしからも

アメブロからも

姿を消した・・・。







かなしみ


あの青い空の波の音が聞えるあたりに

何かとんでもないおとし物を

僕はしてきてしまったらしい


透明な過去の駅で

遺失物係の前に立ったら

僕は余計に悲しくなってしまった




「二十億光年の孤独」(昭和27)所収











つづく。>>