さら助産院にお越しのママから、長文のお手紙が届きました。
「わたしは産後うつですか?」
「めちゃくちゃな気持ちです」…
そんな、叫びのような思いがしたためられています。
ご本人の承諾を得て、引用します。
「これは産後うつですか?」
わたしは、ようやく妊娠できてうれしくてたまりませんでした。
お母さんになれるんだと思うだけでわくわくして、赤ちゃんに会える日が楽しみでした。
無事に娘が生まれて、お母さんになれたことが信じられませんでした。
でも、産院から退院してすぐに、ピンク色の世界が真っ暗な世界に変わってしまったのです。
わたしは「産後うつ」と自分は無関係だと思っていました。でも、今のわたしは「産後うつ」なのかもしれないと思っています。毎日いろんなことが頭の中をぐるぐるしていて、めちゃくちゃな気持ちです。赤ちゃんを愛したいのに、かわいいと思えません。真っ暗なトンネルに閉じ込められたような感覚で、このままこの暗闇が続くと思うとぞっとします。おっぱいを吸わせると乳首に血がにじんで痛み、母乳が出ないのは母親失格だと思ったら、ますます情けなくなって泣いてばかりいます。
世の中には、虐待で赤ちゃんを殺す人がいることが許せません。怒りで涙が止まりません。でも本音は、「もしかしたら私も殺してしまうかもしれない」という怖さでいっぱいなんです。
よく考えたら、私は陣痛が始まってからゆっくりと眠っていません。ゆっくりとご飯を食べることもしていません。会陰切開の傷が痛くてうずいて、座るのもおっくうで、服を着る気分にもなれなくて、常におっぱいを出したままで過ごしています。わたしは、いつも笑っている優しいお母さんになるはずでした。この子を授かった日から、「笑っているお母さんになりたい」と思ってきました。でも、現実のわたしは泣いてばかりいるのです。そう思ったら、こんな母親のもとに生まれた娘が不憫で涙がとまらなくなります。わたしはずっと、ちゃんと生きてきたつもりです。大学に行くために勉強したし、仕事もがんばってきました。それなりの実績もあります。だからわたしは、母親になってもちゃんと育児ができると信じていました。でも、わたしには、当たり前の育児すらちゃんとできないのです。こんな私なんかもう生きる価値もない、だから死んでしまおうと思ってベランダから下を眺めました。飛び降りたら楽になれると思いました。早く楽になりたいと思いました。「飛び降りる勇気は一瞬だ」と思いながら、ずっと下を眺めていました。気が付いたらかなりの時間がたっていました。赤ちゃんの泣き声が聞こえて、ハッと我に返りました。あと数分経っていたら飛び降りていたと思います。赤ちゃんの泣き声を聞きながら、「わたしが死んでしまったら、この子はどれほど不憫な人生になるのだろう」と思ったら、また涙があふれて嗚咽しました。お母さんになったら死ぬこともできないんだと気づき、責任の重さに押しつぶされそうです。振り返ってみたら、出産してからのわたしは泣いている記憶しかありません。これが「産後うつ」ですか?誰かにこの思いを聞いてほしくて手紙を書きました。仕事に出かけた夫が恋しい。私をひとりにしないでほしい。守ってほしいと叫びたい。実家の母に甘えたい。そして「大丈夫よ」と言ってほしい。抱きしめて守ってもらいたい。赤ちゃんが泣くたびに近所の人に虐待だと思われる気がして心配になります。だからいつも窓もカーテンも閉めています。でも本心は違うんです。近所の人に「かわいい赤ちゃんね」と声をかけてほしくてたまらないんです。わたしは、おしゃべりしたくてたまらないのです。毎日、「だれかがチャイムを押してくれないかな」と期待しています。そして「かわいい赤ちゃんだね!お母さんになってよかったね!」と言ってほしい。でも、実際は、だれも来てはくれません。思いっきりおしゃべりしたい。口が曲がるくらいしゃべり続けたい。この思いを誰かにわかってほしい。「がんばっているね」と労ってほしい。そう思って手紙を書きました。わたしは「産後うつ」ですか?
このお手紙を読んで、わたしも苦しくなりました。
どんな思いで手紙を書いてくれただろうと想像するだけで、胸が締め付けられます。
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「母親なんだからしっかりしなさい」
「甘えている、心が弱い」
このように、ママを追い詰める言葉をかける人もいます。
産後うつになるのは、心が弱い人だからではありません。
産後うつを発症する理由のひとつとして、ホルモンの大変動も影響しています。
妊娠中にゆっくりと増加したホルモンは、産後に急下降します。
毎月の生理前だけでも「イライラする」「食欲が増す」という変化を感じる女性が多いのですが、この生理前のホルモン変化を「ビル20階の高さ」と想定すると、産後のホルモン大変動は「エベレストの高さ」からの落下に相当するそうです。※参考「育児情報誌miku」市川香織先生の記事
この、ホルモン大変動のなかで、慣れない育児が始まります。
産後うつはひとごとではありません。
「出産した7~10人に一人が産後うつにかかる」とも言われています。
産後うつが増えている背景として、核家族化・少子化・出産年齢の高齢化・地域関係の希薄化などが関係していると考えられています。
つまり、「赤ちゃんとの生活」をほとんど知らないままに育児が始まり、一人ぼっちで赤ちゃんと向き合い、「誰でもできることだから弱音が言えない」と追いつめられるママが増えている…ということなのだと思います。
昔のように近所の交流が豊かであれば、「あらあらどうしたの?」「なにかあったら手伝うから言ってね」「赤ちゃんをだっこしているから休んだら?」と地域のなかで支えられ、赤ちゃんの泣き声も温かく見守られていたのだろうと思います。
実際に、昭和の初期に「産後うつ」になる人は、ほとんどいませんでした。
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「産後うつ」に苦しむママが減るために、何ができるのでしょうか。
「こんにちは!」
「かわいい赤ちゃんですね」
「手伝えることありますか?」
そんな声かけができる地域でありたい。
「赤ちゃんを産んだからそれで終わり」ではなく、産後のママをサポートできる制度が増えてほしい。
そして、社会全体で「いのちを生み出した母親を支える」ことが当たり前になってほしい…そう願います。