第73話 悲劇再び
『母上こっちに来てください この魚たちの絵を描いてみたいです』
『どうぞ王世子 母が道具を持って来ます』
宣嬪(ウィビン)は絵の道具を持って庭園に戻るが 王世子が見当たらない
『ヒャン… どこなの?
…王世子の姿が見えない! 誰かおらぬか! ヒャン…!』
それは 宣嬪(ウィビン)が見た不吉な夢だった
王世子ヒャンは高熱にうなされ “はしか”と診断された
『王世子… ヒャン… 死んではいけません
目を開けて ヒャン…! お願いだから!!! どうか目を開けて…!』
正祖(チョンジョ)王と宣嬪(ウィビン)の長子
王世子ヒャンは あっけなくこの世を去った
宣嬪(ウィビン)は子を失った悲しみから逃れられず 涙が止まらない
正祖(チョンジョ)王もまた 悲しみに耐えるように政務に邁進するが
まったく覇気が無く ナム・サチョが体調を按ずる
奎章閣(キュジャンガク)へ向かう途中 東宮殿を通ると…
『もう東宮殿を片づけているのか』
『はい王様 王世子の葬儀から10日経ったので撤去令が下りました』
亡き我が子の遺品を見つめ 涙ぐむ正祖(チョンジョ)王
ヒャンの誕生でこの上無い喜びを感じ またその死で最大の悲しみを味わった
鬼ごっこをして遊んだのは ついこの間のことだったのに…
恵慶宮(ヘギョングン)もまた同じであった
可愛い孫の王世子冊立に これで王室も安泰だと喜んだのも束の間
王妃が心配して駆けつけても 薬をも拒否して悲しみに暮れている
『天は何と無情なのでしょう いっそ私を連れて行けばいいのに
なぜあの子を… 幼い王世子を連れて行くのですか…!』
宣嬪(ウィビン)は たったひとりで泣くことはあっても
周囲には気丈に振る舞い 決して悲しみを見せることは無い
そうした宣嬪(ウィビン)の心情も よく分かっている王妃であった
『懸命に力を奮い起こしているのだ
そうでもしなければ… お腹の御子を守れまい
お腹の子が 今の宣嬪(ウィビン)の支えだ
身ごもっていなければ 絶望のあまり死んでしまっていただろう
今の宣嬪(ウィビン)は 悲しくても悲しむことさえ出来ない
ただお腹の子を思い 心の傷みを乗り越えようとしているのだ』
宣嬪(ウィビン)は医女が勧めるままに薬を飲むが 診脈は拒否した
顔色も悪く心配する医女を 厳しい口調で追い返してしまう
『少し休みたい 気分が優れなければ私から呼ぶ』
まったく感情の無い無機質な言い方で医女を拒絶していると
そこへ 正祖(チョンジョ)王が訪ねて来る
明らかに弱り体調が思わしくないというのに
共に散歩するという宣嬪(ウィビン)
『なぜ診脈を受けないのだ』
宣嬪(ウィビン)の厳しい口調は 外まで聞こえていたのだ
いつもの様子と違うことに気づいた正祖(チョンジョ)王は…
『ソンヨン 何があろうと体は大事にしろ 分かってくれるな?』
『……よく分かっております 王様
お腹の子のためにも体には気をつけますので どうかご心配なく』
一方 壮勇衛(チャンヨンウィ)では
カン・ソッキ ソ・ジャンボ パク・テスの3人が
宮殿内を警備する軍官を再配備している
ソッキとジャンボは 元気の無い王とテスを按じていた
『いつまでも悲しんではいられない
宣嬪(ウィビン)様のお腹に次の御子様もおられるからな お前も元気出せ!』
そんな中 宣嬪(ウィビン)が尚門パク・タルホを通じ内々にテスを呼ぶ
中軍とはいえ 側室から直接呼ばれることは極めて稀なことである
『テス 実はね あなたに頼みがあるの』
宣嬪(ウィビン)から頼まれた内容に
テスは どうしたらいいものかと考え込む
これを受けてよいものか… それとも王に相談すべきか…
「町医者を連れて来てほしいの それもなるべく早くね
人に知られないよう ここに連れて来て」
「内医院(ネイウォン)に王室の医員が大勢いるのに なぜ町医者を?」
「理由は後で話すわ どうか約束してほしいの 王様には話さないと
あなたも私が説明するまで 理由を探ろうとしないこと
そのうち話す時が来るわ 友達の頼みだと思って聞いてちょうだい」
必死に頼む宣嬪(ウィビン)のことを思うと
テスは裏切ることが出来なかった
その頃 チョン・ヤギョンとパク・チェガらは
黄土を混ぜた煉瓦造りに励んでいた
強度に優れた煉瓦を 華城(ファソン)の築城に使ってほしいと
『城に煉瓦を使うのは 一般的ではないのでは?』
『清国では 城はもちろん民家を建てる時も煉瓦を使います』
石は 採取と運搬が困難で時間と費用がかかる その割に劣化が早い
そう説明を受けても 正祖(チョンジョ)王は簡単に納得しない
そんな優れた煉瓦を造る技術が この朝鮮にはあるのかと
チョン・ヤギョンは 既に“煉瓦工房”を設立し開発を進めていた
続いて正祖(チョンジョ)王は 壮勇衛(チャンヨンウィ)を視察する
『先日の大殿(テジョン)襲撃も まだ背景が掴めていない
彼らの狙いは私の命ではなく 私が握っている文書だ
水原(スウォン)にも手を回しているかもしれぬ
検書官と共に水原(スウォン)へ行き怪しい動きがないか調べよ』
※大殿(テジョン):王が住む宮殿
ソッキとジャンボが水原(スウォン)へ発った夜
テスは部下に命じ 町医者を宮殿内に招き入れ宣嬪(ウィビン)の居所へ…!
宣嬪(ウィビン)はヤン尚宮をも部屋の外に出し 町医者に脈診させる
『正直に話してください 私の病は… 肝硬変なのか?』
亡き王世子の生母に
町医者ごときが口にするのもはばかられる深刻な病名である
症状を医書に照らし合わせ 宣嬪(ウィビン)は自らの病を予測していた
町医者によれば かなり進行しているのだという
直ちに内医院(ネイウォン)に知らせ…という言葉を遮る宣嬪(ウィビン)
『どのくらい 生きられるのだ?』
治療を受けるつもりなら 町医者を呼んだりはしない
手遅れであることも 既に覚悟しているのだ
治してほしくて呼んだのではなく ただ命の期限を知りたかった
そんな恐れ多い余命宣告を どうして町医者に下せるものか…
『肝硬変は確かに重病ですが 温白元という良い薬がございます
それを使えば 快方に向かう可能性も…』
『いや薬は飲まない 温白元は毒性の強い薬だ
飲めばお腹の御子を失うかもしれない』
『ですが宣嬪(ウィビン)様!!!』
町医者は顔面蒼白になる
王室の貴い人間に対し 重病の宣告をし治療もしなかったとなれば
後に極刑を言い渡される可能性もある
それより何より 宣嬪(ウィビン)のお腹の御子は世継ぎかもしれないのだ…!
『私が知りたいのは 薬を飲まずにどれだけ生きられるかだ!
答えてくれ お腹の子を産むまで…生きていられるか?』
帰って行く町医者に宣嬪(ウィビン)の病状を聞こうとして テスは思いとどまった
本人の口から話してくれるまで 知ろうとしないことに…
再び1人になった宣嬪(ウィビン)は 激しい痛みと闘っていた
「出産の時まではもつかもしれません
しかし耐えがたい苦痛が続くでしょう 既に痛みがあるかと思います
薬を飲まなければ その痛みは和らぎません」
(耐えてみせる… 生きてみせる! この子を生かすことさえ出来れば…)
その頃 水原(スウォン)では
煉瓦造りのために新しい職人が採用されていた
その中に 顔にアザのある男が混じっている
『あいつは… 大殿(テジョン)襲撃の後 消えた2人だ!』
『何だと?!!!』
直ちに追いかけるジャンボとソッキ!
怪しい2人組はヤギョンの執務室を荒らし
王に提出する書類を奪って逃走した!!!
『誰の指示だ! 誰に送り込まれた!!!』
自白を受けたテスたちは ミン・ジュシクを首謀犯として指名手配し
北村(プクチョン)の隠れ家を捜索する…!
チェ・ソクチュから報告を受けた大妃(テビ)は 動揺を隠しきれない
『ミン・ジュシクは逃げ延びましたが 王様はこの件を見過ごさないでしょう』
どんなに末端の輩を捕えようと ミン・ジュシクを捕えなければ核心には近づけない
正祖(チョンジョ)王は 何としても捕えるようにと命じていく
『姿を消したミン・ジュシクが 老論(ノロン)派の密偵と化したとは…!
必ずや捕らえて 大妃(テビ)様の罪を立証せねばならぬ』
ミン・ジュシクは もともと左議政(チャイジョン)チャン・テウの側近だった
自己判断で悪どい企みをするジュシクを テウは見捨てた
そんなジュシクが 大妃(テビ)の飼い犬になり暗躍していることを
テウは既に見抜いていた
右議政(ウイジョン)チェ・ソクチュは
朝廷を追われた恨みから 行き過ぎた行動に出たのでは?と言うが…
※左議政(チャイジョン):領議政(ヨンイジョン)に続く正一品の官職
※右議政(ウイジョン):領議政・左議政に次ぐ重職 正一品
『そうかな 本当にそう思うか?』
宣嬪(ウィビン)は
激烈な痛みに耐えきれず 繰り返し気を失ってしまう
いかに病状を隠そうとしても それは無理なことだった
しかし ヤン尚宮が呼んだ医官も追い返してしまう…!
心配のあまり ヤン尚宮はキム尚宮を頼り 直ちに王妃が駆けつけ
外で突っ立っている医官を見咎めた
『それが… 宣嬪(ウィビン)様が
診脈を頑なに拒んでおられるため 中に入れません』
意識が遠のきそうに衰弱しながら 何ともないと言い張る宣嬪(ウィビン)は
お腹の子を守ろうと 必死に痛みと闘い診脈を拒む
そればかりか お腹の子を出産するまで しばし宮殿を離れたいと言い出す
宮殿では もはや診脈を拒み続けることも難しいのだ
王世子の死後 宮殿にいるのがつらいと言われれば
恵慶宮(ヘギョングン)と王妃は 何も言えなくなる
『中殿が療養のための家を用意し 面倒を見てください』
『承知しました』
水原(スウォン)から戻ったテスは 叔父タルホから宮殿での騒動を聞き
気を失いながらも診脈を拒むという 宣嬪(ウィビン)の話に腹を立てる
密かに町医者を呼んだのは テスしか知らないことであった
宮殿では
宣嬪(ウィビン)が療養先へ移るための 荷造りが進む中
正祖(チョンジョ)王が訪ねてくる
常に傍にいてほしいと願いながら それを押しつけられない
生まれくる命のためにも 宣嬪(ウィビン)の心が穏やかであってほしいと思う
すべては 宣嬪(ウィビン)の病を知らないからこそである
『気力を養って戻って参ります まめに便りを書きますので
王様も どのようにお過ごしか便りを送っていただけますか』
『私が自分で知らせに行く!
4か月もそなたと離れていることなど出来ぬ 時間を作って会いに行く』
気丈に振る舞い 出発前に笑顔を見せる宣嬪(ウィビン)
本当はもう 起きていることさえ苦痛の状態であった
愛する正祖(チョンジョ)王との これが最期になる別れかもしれないのに
あっさりと またすぐ会えるかのように…宣嬪(ウィビン)は輿に乗る
同じ時
テスは茫然として町医者の屋敷を後にする
詮索してはならないと言われていたが どうしても約束を守れなかった
「宣嬪(ウィビン)様は 肝硬変を患っておいでです
お腹の御子様に害が及ばぬようにと 事実を隠しておられます…!」
(宣嬪(ウィビン)様…!)
宮殿に戻り
急に姿を消した宣嬪(ウィビン)に驚き テスは王のもとへ…!!!
そして 宣嬪(ウィビン)様を引き留めるべきだと訴える!
『宣嬪(ウィビン)様を行かせてはなりません!
このままでは お命が危ないのです!!!』
『一体 どういうことだ』
『王様…!』
テスは王命を受け ソッキとジャンボを伴い
宣嬪(ウィビン)の行列を追いかける!
テスの涙に 宣嬪(ウィビン)は知られてしまったのだと察する
『テス…』
『このまま… 黙ったまま… 去るおつもりですか
いつまで隠し通すおつもりですか…! お命が… 果てるまでですか?!』
事情を知らずについて来たソッキとジャンボも 表情を変える
ヤン尚宮も 傍にいながら何も知らなかったのだ
『王様にも… 何もおっしゃらぬおつもりですか!』
『テス…』
『引き返すぞ!
聞こえぬか!王様のご命令だ!!!
宣嬪(ウィビン)様を宮殿にお連れせよ!!!』
正祖(チョンジョ)王は何も知らされず
宣嬪(ウィビン)を送り出したことに憤っていた
居室に戻った宣嬪(ウィビン)を 悲し気に見つめる
『どうして… こんなことに… 肝硬変だと? なぜそなたがそんな病に…!
それも… 事実を私に隠して宮殿を出るとは…!!!
なぜだ… なぜそんなことを』
『王様… お腹の子のためです
何としてでも この子だけは守りたいのです』
『まさか… 自分の命と引き換えに?!
そなた…死んでもいいというのか!!!
子供ならまたできる!』
『いいえ そうはいきません
二度と我が子を失いたくないのです!』
『ソンヨン…』
『王世子が亡くなった夜 夢を見ました
ヒャンが… 私に… “戻って来る”と… そう言ったのです
だからこの子は ヒャンなのです…!』
『ソンヨン…』
『私は病が重く 助からない状態です
余命を引き延ばすため 御子を失うわけにはいきません!
我が子を守れぬ母親には 二度となりたくないのです!
どうか私の願いをお聞き入れください…! 私にこの子を産ませてください…!』
愛するソンヨンの願いなら 何でも叶えてあげたい
しかし 永遠にソンヨンを失うことなど 出来る筈も無い…!
『それでは… 私はどうなる? 私のことは…考えてくれないのか?
そなたを失えば私はどうなるか… 考えてはくれないのか…!』
『王様…』
『そなたを失うわけにはいかぬ!
そなたが死ぬのを黙って見ているなんて!!!』
号泣している宣嬪(ウィビン)の前で 正祖(チョンジョ)王は涙声で訴える
御医(オイ)に命じ 今すぐにでも薬を飲ませると!
『王様!!!』
怒りの表情で 正祖(チョンジョ)王は飛び出して行く!
今は 宣嬪(ウィビン)優しく抱きしめるより 何とかして助ける道を探したい!
当てもなく闇夜に歩き出す正祖(チョンジョ)王であった
宣嬪(ウィビン)の病状は図画署(トファソ)にも伝えられ
イ・チョンは 休職を願い出て旅支度をする…!
山に行き 病に効く人参を探し歩くというのだ
『分からない奴だな! 肝硬変がどんな病か知らないのか!』
『ならば手をこまねいて見ているのか!
宣嬪(ウィビン)様が亡くなるというのに!!!
図画署(トファソ)にこもって絵でも描けというのか!!!』
必死にとめるタク・チスも辛かった
イ・チョンも 何をどうしていいのか分からないのだ
『亡くなるなんて冗談じゃないわ!
大丈夫よ 宣嬪(ウィビン)様はよくなります!
病は王様が治してくださる!!!』
茶母(タモ)たちも 我がことのように泣き腫らしている
あんなに苦労続きだったソンヨンが側室となり 王世子を産んだのも束の間
我が子の死に直面し 悲しむ間もなく病にかかるなんて…
『宣嬪(ウィビン)担当の医官は 全員罷免せよ!!!
そして肝硬変を治せる医者を捜し出せ!!!
国中に触れを出し 治療法を知る者を全員集めるのだ!!!』
いつもは寛容な正祖(チョンジョ)王も 無理を承知で喚き散らす!
そうでもしなければ 宣嬪(ウィビン)を失うという恐怖に耐えられなかった
宣嬪(ウィビン)の病状は国中に知らされ 効くと思われる薬材が集められる
『何でも用意してやる! 薬材も人手も必要なだけ手配する!
そなたは朝鮮一の医者であろう! 何か手立てがある筈だ!!!』
恵慶宮(ヘギョングン)も宣嬪(ウィビン)を見舞い 希望を捨てるなと励ます
しかしもう手遅れなのだと 宣嬪(ウィビン)は冷静に説明していく
『お腹の御子だけは助けたいのです
私が薬を飲まなければ 御子は生を受けることが出来ます
どうか恵慶宮(ヘギョングン)様が 王様を説得してください…!
御子を産めるよう 治療を中止するよう言ってください!』
正祖(チョンジョ)王が落ち着くのを待ち 御医(オイ)が説得した
病は既に体中を蝕み 快復は極めて難しいと…!
宣嬪(ウィビン)は扉を固く閉ざし 医官を中に入れなかった
たったひとりだけ傍に仕えるヤン尚宮は いたたまれずに泣き崩れる
どんなに責められようとも 宣嬪(ウィビン)の意向を受け医官を追い返すしかない
『私が行こう』
正祖(チョンジョ)王が御医(オイ)から薬を受け取り 自ら中に運び入れるという
それは お腹の子を殺す意味もある薬である
御医(オイ)は 震える手で王の手に薬を渡すのだった
『王様』
『……飲むんだ さあ
飲むのを見届けるまで帰らない
お願いだ… 頼むから… 薬を飲んでくれ…!』
それが 我が子を殺す薬だとしても
飲んでくれと懇願するしかない正祖(チョンジョ)王であった
『私のためにだ… そなたを失ったら… 生きていく自信がない…!!!
一生… 傍にいると… 約束したではないか!
決して… 傍を離れないと… 約束したではないか!』
目を合わせられず 子供のように震えて泣く正祖(チョンジョ)王を
宣嬪(ウィビン)はただ 抱きしめずにはいられなかった
『王様… 泣かないでください 私のことで… 苦しまないでください』
『生きてくれ… 頼む… 私のために生きてくれ…!!!』
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