第65話 悲しき暗殺者
『尚膳 会議を遅らせるよう奎章閣(キュジャンガク)に伝えよ』
政務に行く途中の正祖(チョンジョ)王であったが
この状況は 王として見過ごせないと判断した
ナム・サチョに指示を出し 王妃には居所へ戻るように命じる
そして正祖(チョンジョ)王は グギョンと2人で向き合うことに
ホン・グギョンは 王妃に対しなぜあんな無礼な物言いをしたのかについて
誠心誠意の言い訳を始めるが 正祖(チョンジョ)王は聞こうとしない
不敬罪だと責める気もなく ただ王妃の決定に従えという
『宮中は騒がしく落ち着かぬ状態だ 実家で過ごすのもよいだろう
それとは別件で話がある』
正祖(チョンジョ)王は ここ数日のうちに出された上奏について
どれもこれも 口を揃えて同じ内容になっているという
『大妃(テビ)様が重臣を動かしているようにも思える どうなのだ』
グギョンの表情は 失態を仕出かした時に見せる気まずい表情だ
まるで叱られた子供のように 拗ねたような悔しそうな表情でうつむくのだ
『そなたは私に 大妃(テビ)様を二度と国政に干渉させぬと誓った
だから 大妃(テビ)様の幽閉を解いたのだ』
『王様 それは…』
『大妃(テビ)様が国政に関わることは断じて許さぬ!詳しく状況を調べよ
大妃(テビ)様が関わっているなら その目的を突き止めるのだ』
その目的に自分も関わっているとは 口が裂けても言えないグギョン
大胆な謀略を巡らせる策士でありながら 王の前では少年のような純情さを見せる
『なぜ答えぬ』
『……はい かしこまりました』
退室したグギョンに チェ尚宮が駆け寄る…!
チェ尚宮は亡き元嬪(ウォンビン)付きだった尚宮で
今はグギョン付きとなっている
完豊(ワンプン)君の件で 大妃(テビ)が至急呼んでいると伝えに来たのだ
『その件は 私の判断で処理する!
このような伝言は当分控えるようお伝えせよ!!!』
今 自分が大妃(テビ)と繋がっていると知れることは命取りになる
グギョンはチェ尚宮を冷たく追い返した
一方ヤン尚宮は 宮中でしぶとく生きていくためにキム尚宮に取り入っている
『尚宮様にお仕えすることが出来て 本当に光栄です!』
『光栄だなんて…あなたが仕えるのは宣嬪(ウィビン)様でしょ?』
『あぁ~ん嫌ですわ 大先輩としてお慕いするという意味です』
『すっかり宮殿での仕事にも慣れて…向いているのかも!』
『私もそう思います 衣装もしっくりきて あの壁まで何となく見慣れた感じが…』
『確かに 初めて会う気がしないわ
ひょっとして 前世で悪縁があったのかもね!』
(※この2人の丁々発止の掛け合いは「宮廷女官チャングムの誓い」に由来する
王妃 キム尚宮 ヤン尚宮が違った形で共演し 視聴者の記憶にも深く残っている)
ヤン尚宮からの贈り物に気を良くしていると キム尚宮は珍しい光景を目撃する
大妃(テビ)付きのカン尚宮とグギョン付きのチェ尚宮が密会しているのだ
キム尚宮は 直ちにこれを王妃へと報告する…!
違う主人に仕える尚宮同士が手紙を交換するのは 主同士が連絡を取っていると
尚宮の行動には詳しいキム尚宮の推理だった
『きっと何かあります! チェ尚宮を呼んで問いただした方が…』
『いや 騒ぐでない』
すぐに騒いでは尻尾を掴めなくなると判断する王妃
同じ時 グギョンは王妃の実家を見張れとジャンボに命じていた
何かと邪魔になる王妃を 何とか黙らせる方法を探してのことだった
『利用出来そうな弱みを掴め』
『中殿様の弱みですと? 一体何のために?!』
『お前まで口答えを! つべこべ言わず従え!!!
誰にも知られぬよう くれぐれも注意するように!』
またしても悩み顔のジャンボに 今度は何を命じられたのかと心配する2人
しかしジャンボは あまりに大胆な命令に2人を巻き込みたくなかった
『お前たちまで悩む必要はない』
一方 正祖(チョンジョ)王は 人事に関する宣旨を出すと言いジェゴンを呼ぶ
人事の件なのに 呼んだのはグギョンではなくジェゴンだった
その夜遅く
王妃は キム尚宮が目撃した件について深く考え込み
宣嬪(ウィビン)を通じ パク・テスを呼びつけた
『そなたは宣嬪(ウィビン)と幼馴染で 王様とも親交が深いと聞いた
そこでそなたに 頼みたいことがあるのだ
実は ホン承旨について調べてほしい』
グギョンは 王妃の一族を調べ上げ 弱みを握れとジャンボに命じ
王妃はテスに グギョンについて調べてほしいという
もちろんテスは ジャンボがそんな命令を受けているとは知らないが
王妃直々に出されたこの命令に 戸惑うばかりであった
『ホン承旨の最近の言動には不可解な点が多い 事情が知りたいのだ』
『ですが私は 承旨様に仕える身です』
『たとえ上官でも不正はたださねばならぬ』
一連の 王世子擁立の動きに関し
グギョンの影に 大妃(テビ)の存在があるかもしれないというのだ
『そうでないことを願うが ホン承旨が大妃(テビ)様の力を利用しているなら
一刻も早く手を打たねばならない』
グギョンは直属の上司だが
テスが仕えるのは あくまでも正祖(チョンジョ)王である
王世孫の時代から大妃(テビ)により何度も命を脅かされてきたことを
誰よりも知っているテスであった
王世子擁立に大妃(テビ)が関係しているなら
これは王位を奪おうとする 明らかに謀反とも呼べる謀略なのだ
王妃の前から下がっても テスには迷いがあった
宣嬪(ウィビン)に 王妃様も考え抜いてのことだと言われても納得出来ない
幾多の苦難を乗り越え 王世孫イ・サンを王位に就けたのは
ほかでもない ホン・グギョンその人であった
それが 宿敵である大妃(テビ)と手を組むなど あってはならないし
とても信じられることではないと テスは苦渋の表情で訴える
『王様が誰よりも信頼している方です
その方を調べていることを知ったら…王様が悲しまれます!』
テスの言葉に 重い気持ちで居所に戻った宣嬪(ウィビン)は
ふいに眩暈を覚え倒れそうになる…!
咄嗟に支えたヤン尚宮が 内医院(ネイウォン)に診てもらうべきだと進言するが
周囲に迷惑をかけたくない宣嬪(ウィビン)が簡単に聞く筈もない
図画署(トファソ)では徹夜しても元気いっぱいだったのに…というヤン尚宮
※内医院(ネイウォン):宮中の医療を受け持った官庁
※図画署(トファソ):絵画制作を担う国の機関
『まさか…すっぱい物とか食べたくありません?』
『え?』
『きっとご懐妊の兆しですわ!
王様も頻繁にお泊りですし可能性は十分です!』
自分の言葉に 次第に興奮していくヤン尚宮
こうなっては誰にも止められないことを宣嬪(ウィビン)は十分に知っている
『憶測でものを申すな 口を慎め!
こういうことは 軽々しく口に出してはならぬ!』
翌日
ホン・グギョンは ウノン君の屋敷へ出向く
完豊(ワンプン)君の世子擁立など どう考えても無理だというウノン君
絶対に諦めないグギョンの説得にウノン君は辟易していた
下手をすれば謀反を疑われかねない動きなのだ
王になれなかった王子は 宮外で目立たぬように息を殺して暮らさねば
いつ疑われて島流しになるか 殺されてもおかしくない時代なのであった
『完豊(ワンプン)君様は直に宮殿に戻ります
今の朝廷に私に刃向かう者はいません どうかご安心ください
すべて私にお任せを!何もかも計画通りに進みます』
もしホン・グギョンがこのような野心を抱かず
王の腹心として静かに朝廷に君臨したとすれば 歴史に名を残していただろう
自分でも操れない程に膨れ上がった野心で そんな未来も消えようとしている
宮殿に戻ると部下が慌てて駆け寄り 王様が執務室でお待ちだという…!
『ウノン君に会いに行ったそうだな 待つ間 日誌を見ていた
外に出よう 話がある』
正祖(チョンジョ)王は 以前と同じような優しいまなざしでグギョンを見つめ
王世孫の時代に 苦しくなると訪れた庭園に連れて行く
『過去に最もつらかったのは
科挙の会場で先代の王を誹謗する文書が見つかった時だ
皆に非難され危機に見舞われた私をそなたが救ってくれた 覚えているか?』
『はい あの事件を忘れる筈がありません』
正祖(チョンジョ)王はグギョンに
初心を取り戻してほしくて過去の話をするのか
或いは 自分自身に思い出させようとしているようにも見える
『初対面の記憶も鮮明だ そなたは賢く野心に溢れていた』
“野心”と言われて うつむくグギョン
あの時の自分の野心は ずいぶんと手の届かない高みに昇り詰めることだった
しかしこうして高みに昇った今 清々しい心で“野心”を語れなくなっている
『そなたの尽力で無事に王位に就けた』
『王様…!』
『そなたの功績は決して忘れぬ そなたにも忘れてはならぬことがある』
それは何でしょうかと聞き返すグギョンに
正祖(チョンジョ)王は 王世孫時代のような若々しい笑顔で答えた
『初めて会った日 申したな
“権力を得るためには手段を選ばないが 手にした権力はむやみに行使しない”と
今のそなたは その信念を忘れている』
『……』
『だが責任は私にもある 大事に思うあまり甘やかしてしまった
私がそなたを 変えてしまったのだ』
『王様…!』
正祖(チョンジョ)王は グギョンの手に宣旨(せんじ)を握らせた
『重臣の人事と刑法に関する宣旨だ それが片付いたら行幸の準備も頼む
それが…都承旨(トスンジ)としての最後の仕事だ』
※宣旨(せんじ):王の命令を伝達する文書
※都承旨(トスンジ):王命の公表・伝達をし民の上訴を王に伝える官職
我が耳を疑い どういう意味かと聞き返すグギョンに
もう正祖(チョンジョ)王が口を開くことはなかった…
王の宣旨(せんじ)により
チャン・テウは 左議政(チャイジョン)から領議政(ヨンイジョン)となった
またチェ・ソクチュは吏曹判書(イジョパンソ)から右議政(ウイジョン)に
都承旨(トスンジ)には チャン・ギュチョルを任命すると発表された
※領議政(ヨンイジョン):議政府(ウイジョンブ)の最高官職 現在の国務総理
※左議政(チャイジョン):領議政(ヨンイジョン)に次ぐ正一品の官職
※右議政(ウイジョン):領議政・左議政に次ぐ重職 正一品
※吏曹判書(イジョパンソ):任官や人事考課などを行う官庁の長官
これらの人事を読み上げたのは グギョンではなくチェ・ジェゴンである
『前都承旨(トスンジ)のホン・グギョンは
奎章閣(キュジャンガク)提学の職から退き宿衛大将の職に専念すること』
騒然とする人事の発表の中 ホン・グギョンは微動だにしなかった
鉄壁の信頼感で寵愛して来た腹心グギョンに対し
王がこのような左遷をするとは まったく予想外のことであり
老論(ノロン)派の重臣ですら驚きを隠せない
しかしチャン・テウだけは 当然のことだと落ち着き払っている
『権力を笠に着て王世子擁立を企てた
よこしまな欲望に目が眩んだ報いだ…!』
この人事に大妃(テビ)も冷静ではいられない心境であった
まさか正祖(チョンジョ)王が腹心を切るということは予測すらしていなかった
『王座を脅かす者は早々に排除するというわけか
一刻も早くホン承旨に会い 事態を収拾せねば』
グギョンは ひとり執務室で考え込んでいる
出会った頃から今日までの あの思い出語りは
正祖(チョンジョ)王が自分を見放すためだった
「そなたに時間を与えようと思う
これは左遷ではない 再出発の機会だと思ってくれ」
以前 グギョンは宮殿を追われたことがあった
あの時は あばら家に住み肥集めをするような生活にまで身を落とし
そして見事に王の信頼を回復し 宮廷に返り咲いたのだ
しかし今のグギョンにそれが出来るだろうか
既に大妃(テビ)と手を組み王妃と反目し 自分の野望は止められそうにない
テスたちは
妓楼に3人で集まり 仕えて来たグギョンの処遇を思って酒を煽る
特にジャンボは 2人とは違う意味で悔しくもあり腹立たしくもあった
『結局こうなると思ったさ!あんな命令をするなんて…!』
『…どんな命令だ?』
『中殿様の弱みを掴めとさ!自ら墓穴を掘ったも同然だ!
無ければでっち上げろとまで言われた!
今日の異動がなければ俺が辞めてた!!!』
ジャンボの話を聞いたテスは グギョンの周辺を調べてみる気持ちになった
しかしグギョンの家を見張るものの まったく動きはないようだ
やはりこんなことは間違いだと思ったその時…!
屋敷の中に大妃(テビ)が入っていくのを しっかりとその目で確認した!
『つまり こう言いにいらしたのですね
“お前はもう役に立たない 計画は白紙に戻し私は手を引く”と』
『そうではない 時機が来るのを待とうと…』
『はっきり仰っていただいて結構です!私も同じことを言います!』
『…何?』
『私はどうかしていたのです!
王様が最も警戒している大妃(テビ)様と手を組むとは…!
軽率だったと深く後悔しています こうしてお会いすることも最後です』
大妃(テビ)に決別し家から出て来たグギョンの前に テスが現れる
今まで誰と会っていたのかと聞くその目は
怒りに燃え 自分が目撃した事実の衝撃を必死に耐えていた
『質問の答えを聞くまでは引き下がりません!!!
どこで誰に会っていたのですか!』
真っ直ぐに見つめられ 目を伏せるグギョン
知る必要は無いという言葉に テスは…
『中殿様の身辺を探れと仰ったそうですね
教えてください なぜそんな命令を?!』
いつものように突っぱねれば それ以上テスは追及出来ないと思っていた
しかしテスの言葉にすべてを察したグギョンは 薄ら笑いになる
『ジャンボまで私を疑い始めたか
もはや私の命令など誰も聞かぬのだろうな…!』
『どうか冷静に 信用していないのではありません
慕っているからこそ敢えて申し上げるのです
どうか… 考えを改めてください
これ以上 王様を欺いてはなりません 今なら引き返せます!』
テスの目には涙が滲んでいる
今こそ自暴自棄になってはいけないのだ
テスの進言を真摯に受け止め ただ叱られて反省すれば…
面目など丸潰れになろうとも 大妃(テビ)に決別した今だからこそ
この時点でグギョンは 十分に引き返せる筈であった
『引き返せるだと?!一体何の話だ?お前には関係ない!!!
よく聞け!私のすることに二度と口を挟むな!
私のことをどう思おうと構わない 私は上官だ!
お前の役目は…どんな命令にも黙って従うことだ! よいな!』
グギョンはテスに言われたことを完全に無視し いつも通りに職務をこなす
すると執務室にキム尚宮が現れ 王妃が呼んでいるという
王妃は既に 昨夜のグギョンの行動を把握していた
『昨夜 大妃(テビ)がそなたの家を訪ねたであろう』
『……』
『そうか大妃(テビ)様の後押しがあったのだな?
元嬪(ウォンビン)を側室にする時も 王世子擁立の件も…』
『……』
『だから老論(ノロン)派の支持が得られたのだ』
もう王妃に対して牙をむくことは出来ない
滅相もないことだと 腰を低くして必死に否定するグギョン
『そなたの家の門番からは既に証言を得ている
言い逃れをしても無駄だ 王様に忠誠を誓ったそなたが
王様を欺き大妃(テビ)様と内通していたとは 良心が痛まぬのか?』
怪しげに無言を押し通すグギョン その表情は凍りつき…
しかし目の奥はギラギラと燃え滾るように光っている
『元嬪(ウォンビン)の想像妊娠の件は水に流すつもりだった
王様が誰よりも信頼する部下だ 私もそなたを信じようと思った
だがそなたは王様を裏切り続けた…! 王室のためなどとよく言えたものだ!』
『中殿様…』
グギョンは 一転して泣き顔になる
もう何をしても罪は免れないと知り ここは温情に縋る気になったのか…
『王様が行幸から戻られたら すべてお話しする
それまでに そなたから告白してはどうだ?
そして自らの罪を償うべく心の準備をしておくがよい』
交泰殿(キョテジョン)から出て来たグギョンは茫然としていた
もはや大妃(テビ)に頼ることは出来ない
朝廷で力を失った今 どんな策を講じることも叶わない状況であった
※交泰殿(キョテジョン):王妃の寝殿
図画署(トファソ)では
なかなか終わらない奎章閣(キュジャンガク)の作業に
いつになれば終わるのだと 別提パク・ヨンムンがチスとイ・チョンを叱る
王様が本の数を増やしたからと懸命に理由をつける2人に
カン・ドゥチが 当分終わりそうもないのでは?と笑う
『仕事を終わらせないのは 宣嬪(ウィビン)様に会うためだろ?』
『何だそういうことか! アッハッハ…』
ヤン尚宮は しょっちゅうやって来るイ・チョンたちに困っていた
いくらいつでも来いと言われたからと…
取次も無しに勝手に上がり込もうとするイ・チョンを突き飛ばす!
『いくら宮殿の掟に疎いとはいえ!礼儀をわきまえぬか!!!』
『チョビ…』
『イ画史!その呼び方は何だ!ヤン尚宮様とお呼び!!!
言葉遣いも改めよ! よいな!!!』
宮殿では
行幸の日程に沿って立ち寄り先の村から陳情書が届いていた
地方を周り 王が直接民の声を聞くことが出来るいい機会である
『行幸先で 中殿様が宴の席を設けたいと
民の声に耳を傾けようとする王様に倣われ 敬老の宴を開きたいと』
『では準備を進めるよう手配せよ 護衛は宿衛所(スギソ)に命ずる』
※宿衛所(スギソ):どの部署にも属さない王の特別な護衛機関
正祖(チョンジョ)王は
もうすっかり顔を合わせる機会も減ったグギョンを気にかけ
ナム・サチョに グギョンの近況はどうかと尋ねる
グギョンは 究極的に追い詰められていた
王は左遷ではないと言ったのだ
大妃(テビ)と決別し 地道に職務を遂行していれば
いつか王の心も軟化するかもしれない時に
あろうことか すべてを王妃に知られてしまった
しかも王妃は いずれ王にすべてを話すというのである…!
自分から告白するなど出来るわけがない!
王妃にさえ知られていなかったら…王妃さえ黙っていれば!
何もかもが いずれは元通りになるのに…!!!
そこへ 正祖(チョンジョ)王が突然に訪ねて来た
『まだ帰っていなかったのか』
『行幸の際の 護衛の確認を』
『そなたは働きバチだな 無理はするな 一番の側近に倒れられては困る』
この王の思いやりの言葉で グギョンは正直になれなくなった
世間的に見れば 手痛い左遷をした部下に“一番の側近”とは言わないものだ
だからこそグギョンは期待してしまう
全てを告白し 唯一残ったこの信頼感をも失うことは出来ないと…!
『早く帰れ これは王命だぞ』
気さくに肩を叩き 去って行く王を呼び止め
ひとつお聞きしたいことがあるというグギョン
『もし私が忠義に背くことをしたら どうなさいますか
例えば…王様を欺くという大罪を犯したら 王様は…』
『いや それは無い
そなたの心は私の心も同じだと言ったであろう?
分かっている 多少の失敗はあったが私を欺いたことなど一度も無い
そなたは忠誠心に厚い男だ』
『王様…!』
今にも泣きそうになるグギョン
おそらく 大妃(テビ)との関係を告白しても
必死に謝罪し心から悔い改めれば きっと信じてくれるだろう
そんな王だと思えば思うほど グギョンは告白出来ないと思ってしまったのだ
夜分に 王妃の行列の行く手を遮り折り入って話したいと懇願する
『あの件を…伏せていただけませんか
このまま王様のお傍を離れることなど出来ません!
心から信じてくださっている王様が どれだけ失望なさるかと思うと…!
どうかお願い致します やり直す機会を!!!』
大妃(テビ)と手を組んだことを心から後悔しているというグギョン
しかしこれまでの度重なる所業を見る限り 信用出来ないという王妃
『もう手遅れだ
王様を失望させたくないなら 踏みとどまるべきであった
私が言いたいことはそれだけだ 失礼する!』
情けなく哀願し涙を滲ませていたグギョンの表情は
暗闇にひとり取り残されると みるみる憎悪の表情に変わっていく…!
翌日
グギョンは 行幸の警備体制について正祖(チョンジョ)王に報告した
そして今回の行幸には 王妃と宣嬪(ウィビン)も参加すると聞く
『私が村を視察する間 中殿は宣嬪(ウィビン)と宴を開く
その護衛も宿衛所(スギソ)に任せる』
『手配しておきます』
宣嬪(ウィビン)の居所では
ヤン尚宮が宣嬪(ウィビン)に 出発を前にして念入りな化粧をしている
低い身分から 王に見初められ側室になった宣嬪(ウィビン)が
初めて民の前に出ることになるのだ
ヤン尚宮は 少しでも綺麗に見えるようにと決して妥協しない
王妃は 出発することを恵慶宮(ヘギョングン)に報告する
『あの者も行くそうだな』
『…はい』
行幸先に着くまでの道のりは 民が王族の顔を見られる機会でもある
大勢の見物人でごった返す道沿いに 女将の姿もあった
護衛の宿衛官(スグィグァン)は甥っ子で
同行する内官は夫だと 誰にともなく紹介し
そればかりか 新しい側室もまた姪っ子同然なのだと得意満面で説明していく
『王様の寵愛を 一身に受けているそうよ!じきに世継ぎも生まれるわ!
困ったことがあれば私に言って!宣嬪(ウィビン)様に相談するわ』
実際には 宮殿で働く夫でさえ会うことは難しい
女将の立場では 宮殿に出向くなど出来ず
宣嬪(ウィビン)に会える筈もないが…
賑やかな街の中を抜け 街道を進んで行くと
これから立ち寄る予定の村から 村長パク・インギュが駆けつけ行列を遮った!
通常であれば 村が近づくと街道沿いに村人が出迎えるものだが…
誰ひとり出迎えの民はなく 村長パク・インギュが…
『この村は特に陳情もありませんので 通過してもよろしいかと!』
『そうはいかない 村を視察せねば!案内してくれ』
王にそう言われて こんな田舎の村長では断ることも出来ない
村の方へ進んで行くと 今度は畑の村人に目をとめる正祖(チョンジョ)王
すると村人が この村の特産物である綿花を焼いているのだ…!
『今日は この村に泊まることにする』
パク・チェガらの調査により驚くべき事実が判明する
綿花の栽培で生計を立てて来たこの村であったが
どんなに育てても売る先が無いというのだ
『以前は都で売られていましたが
最近は清国からの輸入が増え 需要が激減したとのことです
役所がこれを放置しており事態は深刻化しています』
朝廷はこれを把握していなかったのか!と憤る正祖(チョンジョ)王
しかし清国の綿花は上質で価格も安いため 誰も問題視していなかったという
村人には深刻な問題でも都の民にとっては好都合なのだ
こうした問題も 地方への行幸で王が民の実情を知るいい機会となる
正祖(チョンジョ)王が精力的に活動する一方で
王妃もまた宣嬪(ウィビン)と共に 宴の準備に追われていた
初めてのことで慣れない宣嬪(ウィビン)を 王妃が優しく気遣う
『顔色が良くないが 具合でも悪いのか?』
『いいえ どうかお気遣いなく』
そんな2人を ホン・グギョンが遠くから見つめている
グギョンは ずっと悩み続けていた
町医者に命じて取り寄せた薬剤の包みを前に 深く深く考え込む
「清国の大黄です
一般的な毒薬とは違い 服用後しばらくして毒が回ります」
「その症状は?!」
「息苦しくなり 手足が震え 死に至ります
なぜこのような物をお求めに?」
グギョンは 王妃から突きつけられた決断をすることが出来ず
いっそ王妃を亡き者にしようと考え始めていた
王妃さえ…王妃さえ口を閉じてくれたらと…!
もう手遅れだと言われたことが どうにも悔しくて仕方がないのだ
(いいえ 手遅れではありません 必ず返り咲いてみせます!!!)
正祖(チョンジョ)王は村長に事情を聞いている
村長は 何と言われようと成す術も無いという態度で応じていく
『そなたは綿花畑の焼却を放置し
他の作物を栽培するよう勧めていたそうだな』
『この村で栽培する綿花より 清国の綿花の方が品質が良いのです
その上安価とくれば人々はそちらに流れます』
『理屈としては正しい意見だが そなたは村人を守るべき立場にあるのだ
綿花で生計を立てる多くの村人が職を失っている
それなのに何の対策も取らぬとは 恥ずかしくないのか?
民を思う心無くしては村長の役は務まらぬ』
この村の綿花は当分の間 国が買い上げることとし
村長には その期間に綿花の品質を向上させよと命じる
はじめは自分のどこが悪いのかという態度だった村長も
王の采配に感服し 王と村人の前で王命を賜るのであった
その夜 グギョンは部下に ある密命を下す
『もしも明日 計画が失敗したらお前が処理するのだ
他の者は絶対に巻き込むな!』
『銃の名手がいます 心配いりません!』
王と王妃を守るべきホン・グギョンが 恐ろしい陰謀を企てていた
その謀議は まるで戦争を仕掛ける将軍のように綿密な計画であった
護衛兵の全軍を仕切るグギョンであれば すべてが意のままなのだ
『北門には宿衛官(スグィグァン)を配置しない
お前たちはこの辺りで待機しろ 宿衛官の目につかぬようにな』
この国の国母を殺めようというグギョン
それが いかに大それた謀略であるか知らないわけではない
そうまでしてもグギョンはもう一度 王の側近として返り咲きたかった…!
ここまで失墜した自分を それでも腹心だと言ってくれる
そんな正祖(チョンジョ)王の信頼を失いたくなくて
グギョンは 王がもっとも大切にしている王妃を亡き者にしようとしている…
そんなグギョンが 夜中にテスを呼び出し頼みがあるという
『明日の宴には 宣嬪(ウィビン)様は出席なさらぬ方がいい
それをお前から伝えてくれ お前が言えば…』
そう頼むグギョンのまなざしは このところの傍若無人な鋭いものではない
以前のように気のいい上官だったグギョンのように 心から頼んでいる
『理由は何です?』
『……』
『なぜ出席しない方がよいのです?』
問い詰めるテスの視線の方が鋭くギラギラしている
グギョンは ここで真実を答えることは出来ないが
昔馴染みのソンヨンを巻き込み 流れ弾で傷つけることは出来ないと思っていた
『地元の農民の抗議行動があると聞いた
宣嬪(ウィビン)様の身が心配だ
これは命令ではない 私からの頼みだ
……頼む 何も聞かずに伝えてくれ…!』
何とも不可解なグギョンの頼みである
抗議行動がそれほど危険なら 警備を強化しろと命令が下る筈
さもなくば宣嬪(ウィビン)というより まずは王妃の無事を按ずるべきなのだ
一夜明け 宴の当日となる
準備に追われる内官や女官たちの中に チェ尚宮が現れる
その手には グギョンから預かった薬の包みが…!
「最後の宴が開かれる午の刻までに 中殿様のお食事に毒を入れるのだ」
テスたちは 警備の采配に疑問を感じていた
これでは 北門が明らかに手薄になるのだ
異を唱えるカン・ソッキに いつものグギョンであれば当然牙をむく筈が
何とも歯切れの悪い言い方で問題は無いと言うばかりだ
これまでも ずい分違和感を感じて来た3人は不信感が拭えない
『一体何をお考えなのだ 護衛を移動させるなんて…おかしいな!』
テスたちが立ち去った後
グギョンが放った刺客が所定の位置に着く
「未の刻まで 中殿が生きていたら実行しろ」
グギョンはチェ尚宮に命じ 王妃の膳に毒を盛らせ
毒殺に失敗した場合を考慮し狙撃兵を配備したのだ
この行幸において 確実に王妃を亡き者にしなければならない
自分から 大妃(テビ)との関係を王に告白する気のないグギョン
だとすれば 行幸が終わったら王にすべてを話すという王妃を…殺すしかない!
いよいよ宴が始まる時間になった
すると宣嬪(ウィビン)が突然の眩暈を訴え倒れてしまう…!
テスがわざわざグギョンの伝言を伝えずとも宴には出られないようだ
『宣嬪(ウィビン)の具合は?』
『ただ今御医(オイ)が診察を』
正祖(チョンジョ)王は宴の会場に向かわず宣嬪(ウィビン)のもとへ駆けつけた
そこには心配そうに付き添う王妃もいる
『ソンヨン!』
『王様…!』
『急に倒れるとは どうしたのだ』
『ご心配なく…少し眩暈がしただけですから』
『心配せずにいられるわけがないだろう』
グギョンは 刻々と時間が過ぎていく中 何度も時を訪ねる
『先ほどもお聞きに…』
『早く答えぬか!!!』
『巳の刻を過ぎた頃かと』
居ても立ってもいられず外に飛び出すグギョン!
すると遠くの方に王と王妃の姿が見える
今この時にも王妃は 行幸が終わるのを待たずして王に話すかもしれない
そう思うと自分の決断は間違いではないと
繰り返し自分に言い聞かせるグギョンだった
宴に招かれた村人たちが 続々と会場に詰めかける
貧しい村で このような宴でご馳走がいただけるとは何とも有難く
皆が期待に胸を膨らませ集まって来ていた
チェ尚宮は 担当の尚宮に声をかける
『中殿様のお食事か?』
『さようです』
『私が運ぼう 食事の準備を任されている』
着々と王妃暗殺の計画が実行に移されていた
じりじりと時間が過ぎるのに耐えかねグギョンは走り出す…!!!
『急いでチェ尚宮を捜せ!!!!!』
それは どういう心境の変化か…思い直そうとしたのか
既に宴は始まろうとしていた…!
『王様 村人たちが用意したお食事です
蕎麦はこの村の特産物だそうです どうぞ』
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