第16話 反対の嵐 ![]()
宮廷に戻ったカン・チェユンは 王の前にひざまずき
自ら 新しい文字で書いた紙を差し出す
それには “ソクサム” と書かれていた
『このソクサムとは何だ』
『父の名前です
恐れ多いことですが その名前を どうかお忘れなきよう』
『そうか… 分かった 忘れはしない』
世宗(セジョン)は チェユンが半日もかからずに28文字を覚え
文章を書きはじめたと聞き 大いに驚き喜んだ
広平(クァンピョン)大君が笑顔で報告する
『父上の誠意でも動かなかった者が 文字を見て変心したのは悔しいですが』
『悔しがることはない それこそ私が チェユンに望んだ役割だ
私の計画が終わるまで トルボクでいてくれ
政争などに関せず ただの民であってほしい
ひとりの民が 政治を見てどのように判断するか それを知りたい』
カン・チェユンは 広平(クァンピョン)大君が生還したことを隠し
内禁衛(ネグミ)は捜索を続行してほしいと言う
※内禁衛(ネグミ):王室を護衛する軍営
すでにチェユンがトルボクだと知られており
あの日生き残った奴婢コクセが密本(ミルボン)員になり 全て把握されている
『大君様が戻らずに 私が兼司僕(キョムサボク)に復帰すれば
私に関心を持たざるを得ません』
※兼司僕(キョムサボク):騎兵を中心とした親衛隊の精鋭軍
泮(パン)村に チェユンが不審と思う人物がいて
その人物が接触してくれば 密本(ミルボン)の中枢に潜入できると…
『良い考えだ 正体を知り まさに捕らえるべきはチョン・ギジュンだ』
泮(パン)村では…
ユン・ピョンが持ち帰った新しい文字に チョン・ギジュンは見向きもしない
それより 王を暗殺したい“トルボク”が なぜ大君を助けたかが気になるのだ
一方 ムヒュルはチェユンに会い
密本(ミルボン)には とてつもない強者がいると伝え
それは仮面の男とは違う人物だという 油断するなと…
集賢殿(チッピョンジョン)では 副提学チョン・マルリが
ソン・サムムンとパク・ペンニョンを 寺から呼び寄せようとしていた
新しい文字の情報を得るためである
どんな形で何文字なのかも知らずに その是非は問えないと…
※集賢殿(チッピョンジョン):国家及び王室のための研究機関
兼司僕(キョムサボク)に復帰し 平然としているカン・チェユン
それを見たシム・ジョンスは仰天し さっそく義禁府(ウイグンブ)で確認する
※義禁府(ウイグンブ):重罪人を扱う検察のような機関
義禁府(ウイグンブ)では 依然として行方が分からない大君の捜査のため
ムヒュルが新部隊まで編成するという
ギジュンは チェユンがすでに大君を殺し 何食わぬ顔で戻ったと推理する
『実に大胆な奴だ ところで… チェユンと我々が争う理由はないはずだ
奴と我々の目標は重なっている カン・チェユンの奴め… フッフッフ…』
戻ってきたチェユンに大喜びするチョタク
いつものように泮(パン)村の酒場で飲み いない間の話を聞く
学士を殺した仮面男 “ユン・ピョン”が自首してきて 今度は脱獄したと…
その名に憶えがあった
それは 行首(ヘンス)トダムを見張っていた時に
気配に気づいたトダムが発した名前だった…!
慶成殿(キョンソンジョン)では…
大提学チョン・インジが なぜ経筵(キョンヨン)で文字創製を認めたのかと
ものすごい剣幕で 王に詰め寄っていた
『少し落ち着け 腹を立てたにしても 儒者なら言葉に気をつけろ』
『言葉遣いで人をお責めになれますか?!』
世宗(セジョン)は 明日から起きるであろう騒ぎに対し
剣ではなく 言葉と文章で斬っていくという
たとえ反対者が数千人であろうと 1人ずつ論破して斬り捨てると…
しかし…
論破することは出来なかった
翌日の経筵(キョンヨン)には 官僚と儒生は誰1人として来なかったのだ
領議政(ヨンイジョン)ファン・ヒ チョ・マルセン
そして右議政(ウイジョン)イ・シンジョクが
これでも押し通すつもりかと問う
『そもそも順序が違いました
まず総力で逆賊を討つことが先決でした
そのご命令はなく 文字を急がれました
さらに 大君様が拉致された状態です』
チョ・マルセンにまくし立てられ 何も答えず退室する世宗(セジョン)
『なぜあれほど強硬なのだ』
『こういう時は 先王に似ておられる』
職務を放棄し 抗議のために座り込む臣下たち
世宗(セジョン)はその前に現れ その訴えを聞く
『どうして性理学を捨て 自ら夷狄(いてき)になるのですか』
※性理学:宋明理学・道学のこと
※夷狄(いてき):中国人が卑しんで呼んだ呼称
『中国の文字は単なる文字ではありません
それ自体が 儒学の道であり概念なのです
“武”という字は 戦う“槍”と“止”という 2つの文字からなります
すなわち “武”という文字には
“戦いを止める”という意味と
“戦わずして戦え”という 儒学の道が含まれています
しかし 他の夷狄(いてき)の文字には このような道がありません
殿下の文字は これを表現できますか?』
あっさり“出来ない”と答える世宗(セジョン)
ヘガン先生は なぜ儒学を捨てるのかと嘆いた
“言路を開き 万民の意見を聞け”
世宗(セジョン)は 儒学の中の徳目を持ち出し
チョン・ドジョンの「経済文鑑」を引用する
“尭舜三代には諫官(カングァン)という官吏がいずとも
言路が開かれていたが 秦はすべての批判を禁じた
漢代には 言路を開くため諫官(カングァン)を置いたが
その諫官(カングァン)が置かれたのち さらに言路が閉ざされた”
※尭舜:中国古代の伝説上の帝王 尭と舜
※諫官(カングァン):国王の不正な行為や過ちを諌める官吏
『これは 字を知る者が官僚になった時期と 正確に一致する
漢字が難しいので 民が王に考えを伝えるには 官僚を通じるしかなく
その官僚たちは 民の声を歪曲して 自己の利益を図った』
次に 若い儒者が 簡単という理由で儒者が漢字を捨てかねないという
『儒者は学問をするのが義務だ
漢字を学ばないなら それは儒者の責任だ
文字を与える私のせいでも 民のせいでもない』
次に 人の善悪は資質によるもので 文字のせいではないという
これには世宗(セジョン)が 声を荒げて激怒した
『それでも儒者か!儒学者か?!
儒学の根本は 修養により人間の本質に到達することだ
人の資質が定まったものなら どうやって儒学で王が民を教化できる!』
次に 民を教え導くなら 官吏を増やせばいいという
『その俸禄は誰が負担する?官吏を養うのは その民たちだ
官吏数を増やせば 結局は民を疲弊させるだけだ』
ああ言えばこう言う臣下たちを論破していくことは
そうとうに根気強くなければならず そして非常に疲れることだった
ヘガン先生さえも論破されたとの報告を受け チョン・ギジュンは頷く
中国を支配した夷狄(いてき)は多く 蒙古の元 契丹(コラン)の遼 女真の金
しかし 皆 文字は創っていない バスパ語も 誰も使わずに消え去った
※バスパ語:モンゴル語 チベット語
それほどに漢字が優れており それが中国の力である
故に 王が文字を創っても 誰も使わないという自信が ギジュンにはあった
その頃 ハン・カノムは…
科挙にわざと落ち続けて十数年 常にギジュンを補佐してきたカノムは
ギジュンが見向きもしない新しい文字に夢中になり 愕然としていた…!
反対を押し切って文字創製を行った世宗(セジョン)が失脚すれば
それこそ 宰相総裁制を前面に打ち出す時だと考えるギジュン
※宰相総裁制:王権を制限し 宰相が実権を握る体制
右議政(ウイジョン)イ・シンジョクとシム・ジョンスは 大いに期待した
『大監(テガム)には 正しいというより望ましいことでは?
領議政(ヨンイジョン)は高齢で 次に大監(テガム)が権力を手にされる』
『正しい考えが 私にとって望ましいことになる
お前も 自分の利益にする方法を考えるべきだろう
どうせ時が至れば 私と本元(ボンウォン)のどちらかを選ぶことになる』
『何ということを!!!』
チョン・ギジュンは 自ら白丁(ペクチョン)に身を落とした
その身分で士大夫を率いることができるのか…とイ・シンジョクは言いたいのだ
そこでシム・ジョンスは なぜそうなったかを説明する
※白丁(ペクチョン):最も差別される最下位層の身分
『養子先の士大夫が裏切り チョ・マルセン大監(テガム)に密告したので
どの士大夫の家にも 養子は無理になりました
私は裏切りません!そのような真似は絶対にしません!』
怒って去って行くシム・ジョンスを イ・シンジョクは不敵に笑い見送った
そんなイ・シンジョクの邪心を チョン・ギジュンは見抜いていた
しかし今はまだ ギジュンにとって必要な人間である
そこへ 女官のソイも宮殿に戻っているとの報告が入る
どうも不可解だ…
カン・チェユンの調査を任された行首(ヘンス)トダムは
昔のトルボクの狂気を思い出し 戸惑う表情を見せた
宮殿のどこにも人の影がない
議政府(ウイジョンブ)も… 集賢殿(チッピョンジョン)にさえ誰もいない
領議政(ヨンイジョン)ファン・ヒと 右議政(ウイジョン)イ・シンジョクが
どうか大臣たちと妥協してほしいと諫言する
※議政府(ウイジョンブ):李氏朝鮮における最高行政機関
ファン・ヒに 1つだけ方法があると打ち明けられ
イ・シンジョクが これに同意したのである
こうなった原因は 今回の文字創製のせいだけではなく
そもそも 集賢殿(チッピョンジョン)から始まったことだという
不満が積もっていたところへ 文字創製の件で爆発したのだと…
『1つを得て 1つを捨ててください』
『何を得て何を捨てろというのだ!!!』
顔を上げられないまま それでもイ・シンジョクは言い切った
文字創製をするなら 集賢殿(チッピョンジョン)を廃止してほしいと…
2人が退室し 世宗(セジョン)は満足そうに笑っている
どうしたことかと戸惑うチョン・インジ そしてムヒュル
実は これをし向けたのは世宗(セジョン)自身だというのだ
領議政(ヨンイジョン)ファン・ヒは 王の意志により今回の行動に出たのだ
『私にとって集賢殿(チッピョンジョン)は 一時的な組織だった
当時は父上とその臣下から自分の身を守り 私の味方を育てる必要があった』
集賢殿(チッピョンジョン)廃止と引き換えに得るものは
文字創製の公布だけではなく 得られるものは全て得るという世宗(セジョン)
『この文字を扱う部署や官庁 その全てを認めさせる』
王の親衛隊のような 経筵(キョンヨン)の主管である集賢殿(チッピョンジョン)
それが廃止されるという事実は 劇的に効果があった
“どうせ使われない文字”と引き換えなら 悪い話ではない
世宗(セジョン)の構想は続く
『諺文庁と正音庁を創設し 義禁府(ウイグンブ)と承政院(スンジョンウォン)
でも この文字で公式文書を書かせる
この文字を 科挙にも試験科目として導入する 見ておれ!』
※諺文庁:諺文による書籍を編纂する官庁
※正音庁:諺文の印刷機関
しかし…
イ・シンジョクは ファン・ヒが王の意志で動いていたと見破っていた!
驚くシム・ジョンスに向かって まだまだ若いと言い笑った
もしかしたらファン・ヒは 文字創製をも知っていたかもしれないのだと…
集賢殿(チッピョンジョン)が廃止されたら
まずは巻き起こる不満を封じろと シンジョクはジョンスに命じた
おそらく 副提学チョン・マルリの反発が最も激しいだろうと予測する
起きたことをありのまま シム・ジョンスはチョン・マルリに伝える
どうせ使われない文字だと言うと マルリは呆れ顔になる
『殿下を知らな過ぎる!!!
13年も温めてきた文字だ 殿下は失敗する計画をしない
あの殿下が心血を注いだ計画が 簡単に水泡に帰すわけがない
きっと 恐ろしい文字に違いない』
そう言われれば… と不安になるシム・ジョンス
誰の言葉を聞いても なるほどと思ってしまうジョンスだった
(全員が文字を知る世の中… 可能なのか?)
泮(パン)村…
カン・チェユンの家を包囲するユン・ピョンとその部下たち
しかし 突入すると 確かにさっき帰宅したはずのチェユンがいない…!
同じ時 チェユンは 行首(ヘンス)トダムの喉元に 剣を突きつけていた
すでに互いの正体を知っているチェユンとトダムである
自ら広平(クァンピョン)大君を殺したと話すチェユン
密本(ミルボン)に追われ 計画が台無しになったと声を荒げる
あとは チョン・ギジュンを捕え 王から酒を賜る時に懸けるしかないと…!
トルボクの狂気に怯えながらも トダムは必死に説得する
『私たちに争う理由はないと… 思わないか?』
『何だと?』
『結局はお前も 王を殺したいのだろう?
お前の父は シム・オン大監(テガム)に密旨を届けて殺された
それで父を殺した王に復讐するため 宮廷に来た そのはずだ』
やはり奴婢コクセからすべてを聞いて把握している
『お前を預ける時 ムヒュルは殺せと言った
あの時 お前を殺せなくて後悔している』
『だからあの日 確かに殺せと言ったはずだ!!!
早く言え!チョンギジュンはどこにいる!!!』
その時 引き返したユン・ピョンたちがトダムの家の前に現れた
トダムに剣を突きつけたまま外に出るチェユン
なおも説得を続けるトダムは 信じさせようと ユン・ピョンたちを遠ざけた
同じ時 奴婢コクセはソイと会っていた
トルボクが大君を殺してしまったと泣き出すソイ
王を殺すために 王の側にいる自分に情報を流せと言うのだと…
報告を受けたチョン・ギジュンは カン・チェユンとソイの話が一致したことで
チェユンが広平(クァンピョン)大君を殺したことは間違いないと確信する
必ず コクセがソイに近づくと予測していたチェユンは
あらかじめソイと口裏を合わせていたのだ
奴婢コクセは 密本(ミルボン)に救われて密本(ミルボン)員になった
自分も 王妃ではなく密本(ミルボン)に救われていたなら
今頃 文字創製ではなく 王の暗殺を企んでいただろうと話すソイ
『それが庶民の生活だ 主人によって変わるのが俺たちの人生だ』
『トルボクさん 殿下に何を願うつもり?』
あたらためて世宗(セジョン)に忠誠を誓った時
チェユンは王に 任務を果たしたら願いがあると言っていた
願いの内容も聞かず 世宗(セジョン)は首を縦に振ったのだった
御酒を賜り その隙に殺害するためではない
心から願うチェユンの“希望”が生まれていた
チェユンは トダムをさらに信用させるため 新しい文字の図解が欲しいと言う
しかしこれだけは 世宗(セジョン)は承知しなかった
なぜ集賢殿(チッピョンジョン)廃止と引き換えに 大臣が文字創製を許すか
それは どうせ使われないと信じ込んでいるからだ
自分が変心した理由を考えてみろと言う世宗(セジョン)
大臣の誰も 新しい文字の詳細を知らない
知らないから恐れない
だから今は 決して文字の詳細を明かすことは出来ないと…
泮(パン)村…
チョン・ギジュンは チェユンが密本(ミルボン)にとって役に立つと見る
行首(ヘンス)トダムに 関係を維持しろと命じた
そこへ シム・ジョンスが 慌てた様子で現れる
副提学チョン・マルリの言葉が どうしても引っ掛かるのだ
用意周到な王が どうせ使われない文字のために十何年も費やすとは
とうてい考えられないことなのだ
『大切な自分の文字の公布なら まずどのような文字か公開し
その優秀さを説明する 説得作業が必要なはずです
ところが私たちの誰も どんな文字か何文字なのか 何も知りません』
そこへ ハン・カノムが慌てふためいて現れる!
新しい文字にのめり込んでいたカノムは とうとう文字を解読したのだ
『私の推定が正しければ… この28文字で膨大な数の言葉を書けます』
『何?!!!』
“一口亡己”が“密本(ミルボン)”を表すことも解明し
そして何より 奴婢カルペイと酒場の娘ヨンドゥが カノムの指導で
たった2日で覚え 読み書きできるようになったことが
チョン・ギジュンを驚愕させたのだった
『全ての人間が文字を書ける世が来る どんな世になるのか…
文字は武器だ 剣や槍や硫黄より恐ろしい武器だ
士大夫が士大夫である理由は
両班(ヤンバン)に生まれたという血統ではなく 文字を知るからだ
それが士大夫の権力と力の根拠だ
この文字で 誰もが文字を読み書きできれば 朝鮮のすべての秩序が崩れる
世の中は混乱に陥り 朝鮮の根である士大夫は滅びる』
『そ…それではどうすれば?!』
『やめさせる この文字を潰すのが最優先だ』
『もうイ・シンジョクが取引を始めます!』
この日 世宗(セジョン)と臣下たちは 共に喜びに沸いていた
世宗(セジョン)にとっては 文字公布が叶う日であり
臣下たちにとっては 忌まわしい集賢殿(チッピョンジョン)廃止の日であった
『取り引きはダメだ やめさせないと… すぐに中止させろ!!!!!』

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