第9話 新たな文字 ![]()
『殿下 なぜあのような言葉を?
あの者の“道”をご存じのはずです』
世宗(セジョン)は 密本(ミルボン)の捜査日誌を カン・チェユンに渡せと言う
『それをチェユンに渡し 密本(ミルボン)の捜査を一任する
大提学は ソン・サムムンとパク・ペンチョンを呼べ』
(私は私の道を行く)
ソン・サムムンとパク・ペンチョンは “君那弥欲”の意味を解明しようとしていた
ずっと鋳字所(チュジャソ)にこもって調べていたサムムン
※鋳字所(チュジャソ):活字を使い 本を印刷する部署
『散乱していた活字を集めて書き出すと これは「小学」だった
これは「大学」 これは「詩経」 これはどの本か不明だ』
不明な活字の集まりが 手がかりだ
その文字たちを どう並べても文章にはならず 意味をつかむことも出来ない
その時 書き出した文字の中から サムムンはあることを閃いた
『まさか… まさか…! “君那弥欲”に続く文字があるのか!』
2人を迎えにきた大提学チョン・インジが その叫びを聞き慌てて引き返す
血相を変えて 世宗(セジョン)の前に…!
何かに気づいたサムムンにペンチョンが…
『どういうことだ?』
『続く文字は “サ ソ ソル ソン シィ シ シル シン” のどれかだ!』
『何のことだ?』
『でなければ “サル サ セ ソク スプ スル”』
『理解できるように説明しろ まるで唾がたまる!』
『まさにそれだ』
驚いて振り返る2人
世宗(セジョン)が立っている
インジの知らせでサムムンが気づいたようだと知り 駆け付けたのだ
『唾がたまる文字 それなのだ』
『歯音?』
※歯音:音韻上での七つの音声である七音の1つ
『そうだ』
『君 那 弥 欲は何だ?』
『牙音 舌音 唇音 喉音を代表する文字です』
『そのとおりだ』
2人が立て続けに聞く
『それに従ってユン学士が漢字を分類した理由は?』
『死ぬ前に隠そうとした理由は?』
『これと学士の死はどんな関係が?』
『何を計画されているのですか?』
もちろん 世宗(セジョン)はもう隠す気はなかった
2人を 慶成殿(キョンソンジョン)へ連れて行き
蔵書閣(チャンソガク)の中に 導き入れた
若き日 何も出来なかった日々
ここで方陣を解くだけの日々を過ごしていた
※方陣:数学のパズル
尚宮と女官たちが 覚悟を決めたように 覆いを取り外すと
無数の引き出しがついた大きな棚が現れた
左側の縦一列の引き出しに 文字が1つずつ刻まれている
“君” “那” “弥” “欲” “戌”
世宗(セジョン)は “君”と刻まれた引き出しを外し 見ろと言う
次の引き出しも その次の引き出しにも 絵が描かれた紙が入っている
『なぜ “君那弥欲”の順に集めたのですか?』
『何のためのものですか?』
2人の質問には 微妙な違いがある
サムムンはこれを理解し ペンチョンは理解していない
すべての覆いが外され すべての引き出しが現れた
『これはすべて 朝鮮語の音だ
朝鮮語の音を “牙舌唇歯喉” の原理で分類したものだ』
『まさか…殿下 それは…』
『分かったか?我々の文字を作っておる
朝鮮語の音による 我々の文字!』
ペンチョンは腰を抜かし
サムムンは 憑りつかれたように すべての引き出しを開け始めた!
しかし…
『人為的に文字を作って 成功した例はありません!
バスパ語の消滅は 完成度の低さゆえですか?
違います!文字は数千年をかけて作られるものだからです
※バスパ語:チベット語 モンゴル語
漢字が 中華と周辺諸国を支配する理由は
それ自体が数千年の人の歴史だからです!信じられません!』
サムムンが激昂して話すのを 世宗(セジョン)は笑いながら聞いている
『韻学に精通された殿下なのに無謀です!!!
中華秩序と歴史に逆らうのですか?!』
※韻学:漢字の音韻を研究する学問
『それを検証してもらう お前たちに… お前たちは天地契員だ
だが私はこの事を教えず なぜ韻学の勉強をさせたか
もうほとんどの文字は完成した 明日からは2人にそれを教える』
不安感で動揺している大提学チョン・インジ
広平(クァンピョン)大君は ただじっと見守っている
『だから どのような固定観念も偏見も持たず 私の文字を検証してくれ
そして判断するのだ 私の文字が歴史に逆らうものか そうでないか』
2人が否定するなら この文字は公布しないと宣言する世宗(セジョン)
いや 2人だけではなく もう1人の審査官が待っていると…
『いくら精魂傾けたといっても 歴史に逆らい 朝鮮を後退させ
民の役に立たないと判断するなら 私は捨てる』
一方ムヒュルは カン・チェユンにチョン・ギジュンの捜査日誌を渡していた
チョ・マルセンが 長年 秘密裏に捜査してきたものだ
『最後は20歳頃に目撃された 以後は行方不明だ
こいつが秘密結社の指導者だ』
『秘密結社なら 以前にも事件を?』
『活動を始めたのは最近だ これまで姿を現さなかった
捜査記録も 大部分はチョ・マルセン大監(テガム)の推測に過ぎぬ
密本(ミルボン)は 謎の多い秘密結社なのだ』
『…! 何と言われました?』
カン・チェユンは “密本(ミルボン)” の名に反応する
そして走った!
走って走って…山の中の大木の前に来ると その根元を掘り返す
出て来たのは あの日 馬を奪って泮(パン)村から逃げた日
巾着と引き換えに 手元に残った荷物だった
その中にあった文書の 最後に書かれた文字 “密本(ミルボン)”…!
『父さんの遺書を持って行ったのは… 密本(ミルボン)?
その上に 今回の事件の… 黒幕というわけか!』
妓楼で 直提学シム・ジョンスは話し続ける
世論調査を行っている場合ではないと…
『カン・チェユンが 北方からホ・ダムに届けた本は
「毘婆沙論(ビバサロン)」でした』
「毘婆沙論(ビバサロン)」が仏教の経典であることに一同が驚愕する
『なぜ集賢殿(チッピョンジョン)の学士が経典を読む!』
『だから申し上げました 最近の殿下の命令は すべて反儒学的です
ヘガン先生も憂慮されておりました』
※集賢殿(チッピョンジョン):国家及び王室のための研究機関
直提学であるジョンスが なぜ殺人事件に関心を持ち
なぜ私的にヘガン先生に会うのか チョ・マルセンは詰問する
『私も密本(ミルボン)だと疑うのですか?
三峰の弟子という理由で ヘガン先生はチョ大監(テガム)に迫害されました
※三峰:チョン・ドジョン
ヘガン先生だけでなく 先王に逆らった者は すべて迫害されました
その結果 臣下の権限は弱化して 結局は 殿下の計画が分からないまま
学士たちが死にました』
言い過ぎだと憤慨するチョ・マルセン
しかし 副提学チョン・マルリは 学士が3人死んでも
詳細を知らされないなど あってはならないと言い
領議政(ヨンイジョン)もまた 何か秘密裏に計画されていると言う
ひとり 何も知らないと言い切る右議政(ウイジョン)イ・シンジョクの言葉が
目立つ形になり 皆が眉をひそめる
イ・シンジョクは 太平館に行き 明の大使に会う
大使は 最近の世宗(セジョン)王の動きについて語る
※太平館:明国の大使をもてなす使節
世宗(セジョン)王は 明の各地で 仏典や楽器を買い
朝鮮に送らせているという
それ以外に不審な動きはないと…
それより気になるのは 直提学シム・ジョンスが ヘガン先生に私的に会い
毎夜 どこかへ出かけていくという点だと語る大使
そして 決まったように泮(パン)村の付近で見失うと…
大使はこれを重く見て 今夜は明国最高の厰衛(しょうえい)
キョン・ジョクヒをつけるという
※厰衛(しょうえい):明国皇帝の情報機関
もし シム・ジョンスが密本(ミルボン)だとすれば…
イ・シンジョクは 一刻も早くチョン・ギジュンを捜し出さなければならなかった
自分が密本(ミルボン)だと知られてしまう前に…
カン・チェユンに密本(ミルボン)の捜査を任せるのは
無理があるというムヒュル
世宗(セジョン)は 無理どころか もっとやらせたいことがあるのだと笑い
ソイに 泮(パン)村へ行くよう命じる
その頃 チョ・マルセンが泮(パン)村に向かっていた
シム・ジョンスの 殺された3人には 体に共通の刻印があったという報告に
マルセンは注目したのだ
チャン・ソンスの遺体はまだ泮(パン)村にある
マルセンは どうしてもそれを確かめたかった
一方 カン・チェユンもまた 泮(パン)村にいた
あの日 自分が 村人と黒装束に挟まれた場所へ…
するとそこへ 行首(ヘンス)トダムが側近と現れる
『予定の日だから 十分に警戒を』
どうやら この孔子廟で何かあるらしい
チェユンは 物陰からそれらを見張るつもりだった
同じく 泮(パン)村へ向かうシム・ジョンス
すると 塀を挟んだ向こう側に殺気が漂う
自分が止まると その“殺気”も立ち止まる!
同時に走り出して 剣と剣をぶつけ合い 睨み合った途端…!
『あなたは…』
『市場でお会いしたシム・ジョンス様ですね』
女だ
『なぜ尾行を?』
『それは誤解です 塀を越えて殺気を感じ剣を抜いたのみ
別の意図はありません』
女は 太平館の通訳官キョン・ジョクヒと名乗った
何事もなかったかのように立ち去るジョクヒ
剣を交えた瞬間 ジョンスの笠が斬られた
これほどの腕前でありながら ただの通訳官であるはずがない
ジョンスは 予定を変え泮(パン)村に行くことを取りやめた
別れたジョクヒもまた 肩に傷を負っていた
そして シム・ジョンスはただ者ではないと確信する
儒者の剣術の腕前ではないと…
会合を取りやめると報告を受けた行首(ヘンス)トダムは 警戒する
外の気配に気づくトダム
『ユン・ピョンか?』
返事がない
側近が外を見張る!
カン・チェユンは 確かに“ユン・ピョン”という名を聞いた
しかしその時点では それが誰なのかは分からなかった
翌日 世論調査を任された直提学ナム・サチョルが
持病悪化のため任務を担当できないと申し出る
問い詰めると サチョルは驚くべき事実を語った
副提学チョン・マルリは この報告を持って世宗(セジョン)王に会う
実は 昨夜サチョルの屋敷に賊が入ったというのだ
賊は 書札に刀を突き立てて残し 空に舞い上がり消え去ったと…
“王が行う非道な事業に従う者は 殺す”
危うく4人目の犠牲者が出るところだった
マルリは 何を計画しているのか なぜ学士たちが殺されたのか
世論調査の真の目的は何なのか
すべてを明らかにしなければ これ以上協力できないと宣言する
その頃カン・チェユンは 泮(パン)村に住むと言い出して
パクポを連れて村に向かう
行首(ヘンス)トダムが 何らかに関係し その側近が手足となっていると…
酒場で酒を飲みながら チェユンは村人たちを観察した
泮(パン)村に詳しいパクポが 事細かに説明する
12回も科挙に落ち 村に住みついた男
音の出るものなら何でも真似る 声帯模写の男
気配がまるで獣のような 不気味な大男
本当に様々な者が住んでいる
次にチェユンは ソン・サムムンに会う
するとサムムンは あの紙切れの文字の意味を考えるのはやめたと言い
チェユンが渡した紙切れを突き返す
『事件で学士が3人も死にましたが』
『私が死んだのではない お前もやめろ
御酒を頂いても 嬉しいのは一瞬だ』
あんなに好奇心豊かだったサムムンは 豹変していた
副提学チョン・マルリが報告したナム・サチョルの件は
義禁府(ウイグンブ)が担当せよとの王命が下った
視線を合わせるイ・シンジョクとシム・ジョンス
すると 義禁府(ウイグンブ)とは何の関係もないチョ・マルセンが
自ら担当すると言い出し 半ば強引に押し通した
※義禁府(ウイグンブ):重罪人を扱う検察のような機関
マルセンは ジョンスをギロリと睨む
『お前は認めないだろうが 私ほど密本(ミルボン)に詳しい者はいない』
チョ・マルセンは ナム・サチョルへの審問で
書札に突き立てられた剣に注目する
そして その刀が肉を切る白丁(ペクチョン)のものだと突き止めた
※白丁(ペクチョン):最も差別される最下位層の身分
チェユンは 用意された家に帰宅する
傷が癒えたと言い張るチョタクが どうしても一緒に住むと言い出しついて来た
中に入ると さっそく部屋の中を確認するチェユン
明らかに誰かが侵入した形跡があった
そこへ カリオンが訪ねて来る
引っ越し祝いにと酒を持って来たのだ
治療をしてもらってから チョタクはカリオンに友好的だ
『肉はさばけて人柄もよく 医術にも優れてる』
『医術は正式ではないですが いろいろと知ってはいます』
『その知ってる奴が なぜ女官にエゴノキと酸棗仁(サンジョイン)を?』
『旦那様 もう二度としません』
※エゴノキ:麻酔剤
※酸棗仁(サンジョイン):覚せい剤
そう言いながら カリオンはソイの話をし始めた
ソイは 恐ろしいほどの自責感と闘って眠れないのだという
子供の時に見栄を張って 家族全員が死んだのだと…
その話に 考え込むチェユン
『いくら歳月が過ぎても 耐えられないんですよ
分かります 分かるんですよ 私も経験があります
僅かな知恵を自慢して… アハハ… 私の身の上話なんて さあどうぞ』
酒を注ぐカリオンの指先を見て ハッとするチェユン
引き出しに蜜蝋を塗っていた
その蜜蝋が カリオンの爪に残っている!
『ここに入ったのはあいつだ!』
義禁府(ウイグンブ)を伺っていたパクポが 慌ててやって来る
サチョルの屋敷に忍び込んだのは 白丁(ペクチョン)だというのだ
白丁(ペクチョン)といえば ここではカリオンしかいない
義禁府(ウイグンブ)は 犯人としてカリオンを捕らえるべく出動した!
カン・チェユンは走る!義禁府(ウイグンブ)より先にカリオンを捕らえようと!
包囲され 逃げ惑うカリオンを チェユンは素早く引きずり物陰に隠し
その喉元に剣を突きつけた
『お前は 密本(ミルボン)か?』
『えっ!それは何のことですか?』
『第1に 昨夜サチョルの屋敷に行った
第2に 俺の部屋を探った
第3に サチョルの屋敷にお前の刀があった
どうだ?否定できるか?』
怯えながら カリオンは弁明した
屋敷に行ったのは祭祀のための肉を届けに行ったからで
部屋を探ったのは ムヒュルから命じられたことだと…
刀についても なくなったのは事実だが
村にひとりしかいない白丁(ペクチョン)の刀で 犯行をするわけがないと言う
『それならなぜ逃げた 説明して無罪を立証すればいい』
『私は両班(ヤンバン)や士大夫ですか
良人(ヤンイン)でもなく白丁(ペクチョン)です
白丁(ペクチョン)が義禁府(ウイグンブ)へ行けば… ただ死ぬだけです』
※両班(ヤンバン):朝鮮時代の身分階級の最高位
※良人(ヤンイン):朝鮮時代 民は良人(ヤンイン)と賎民に分けられていた
めそめそと泣きながら カリオンは訴える
『お分かりでしょう 命の価値は違います うぅ…
私の命は ハエにも及びません!』
チェユンの脳裏に 殺されて行った奴婢たちの姿がよぎる
『こんな卑しい命は… 簡単に捨てられ踏みにじられます!』
『卑しい命などない』
剣を納めて カリオンを抱き起こすチェユン
『この世に… 卑しい命などない!
本当に無実なら… このまま死なせはしない!』
『だ…旦那様!』
しかし 義禁府(ウイグンブ)の兵士が追いつき
あっという間にカリオンを取り囲み 滅多打ちにする
その姿は あの日の父のようだった

☝よろしければクリックお願いします

