◎ 第22話 最後の守り主 ◎
太王軍 野営地
突然に具合が悪くなったタムドクを心配する側近たち
その原因も分からないまま 野営地には数千もの投降兵が押し寄せた
苦しみの中でタムドクは 投降兵たちを後方支援に回すようにと命じる
ホゲ軍の内部に反乱が起きたことは明らかだった
『我々の兵を助けましょう』
タムドクの中に起きている苦しみは キハの陣痛によるものといえる
意識を失ったキハは 母子ともに危険な状態だった
目の前に現れた長老と対峙するサリャン
『私が預けたものは 大事に保管しているだろうな
男子ならすぐに実行するのだ
この中に入れられるのは 生まれて間もない男子の心臓のみ
時機を逃してはならん』
一方ホゲ軍は 投降兵を抑えることができず修羅場と化していた
ホゲの指示を仰ぐ側近たちに ホゲは…
『もう私にかまうな』
『大将軍!!!』
自分の軍でありながら ホゲは手当たり次第に兵士たちを斬り殺していく…
キハは…
意識のないまま 赤子は自らの意志でもあるかのように生れ出た
その赤子を抱いているのは スジニだ
サリャンが駆け付ける
『赤ん坊は女の子か?』
『男の子よ 父親は予想がつくけど この体で戦場に来るなんて!バカみたい』
『お前の姉だ!』
『は?』
『キハ様は姉だ 我々が百済(ペクチェ)のへ家から連れて来た
キハ様は 記憶を取り戻されたのだ そして子供の父親はお前の王様だ』
『……デタラメ言うなーーーっ!!!』
斬りかかるスジニを取り押さえ サリャンは必死に懇願する
『子供を頼む 外で火天(ファチョン)会が待っている』
『……』
『心臓が奪われてしまう 私は止められない 助けてくれ…』
『勝手なこと言うな!!!』
サリャンは必死だった
今 この赤子の命を救えるのは スジニしかいないのだ
『遠くへ行け 子供が成長するまで人目を避けろ
火天(ファチョン)会はしつこく追ってくる 国内(クンネ)城も危険だ
お前の王様と 姉さんの子だ』
スジニは 眠っているキハを見た
そして 赤子の顔を見つめた
やがて目覚めたキハは どこにもいない産んだはずの我が子を捜す
傍らには 赤子を取り上げてくれた女が斬り殺されている
女の家の赤子が 血まみれになって死んでいた
サリャンがその心臓を入れた小箱を 長老に差し出している
『私の子!!!私の子はどこなの?!!!どこにいるの?』
『キハ様… お体は大丈夫ですか?』
目の前の長老が持っている血染めの小箱を見て 驚愕するキハ…!
『私の子はどこ!!!』
『キハ様 お子様は…』
サリャンの言葉を遮る長老
『殺しました サリャンが心臓を持ってきました』
『嘘よ…』
『なぜこうしたか 改めてご説明しましょうか』
『嘘だわ』
『キハ様は2,000年間 我々火天(ファチョン)会を…』
『黙れーーーっ!!!』
『キハ様!』
長老に向かって剣を振りかざすキハ
咄嗟にサリャンを盾にする長老
キハの剣は サリャンの胸に深く突き刺さった…!
『覚えておいてください 大地の母として我々虎族をお忘れなく
私を殺したければ 阿弗蘭寺(アブルランサ)へ来てください
この世を手に入れたければ 阿弗蘭寺(アブルランサ)へ
そこですべてが始まったのです』
今にも長老を追いかけて行こうとするキハを 瀕死のサリャンが引き止める
『生きてください どうか生き延びて お子様を…』
サリャンは息絶えた…
子供を失い いつもそばにいてくれたサリャンもいなくなった
キハの悲しい叫び声が 夜の闇に響き渡った…
赤子の心臓を 持ち帰った長老
サリャンに命じて手に入れた 天孫の血が今ここに…
「神器が神檀樹(シンダンス)に集まれば 天孫の血がカギとなり
天の封印を解いてくれる」
長老は その血を注いで初めて気づく
『あいつめ… よくも私をだましたな
早く子供を捜しださなければ… 子供が生きているーーーっ!!!』
ホゲ軍の野営地に到着したタムドクと側近たち
生き残った兵士たちは 地面にひれ伏してタムドクを迎えた
将軍の1人が 礼を尽くしてタムドクの前に…
『私は将軍として陛下に背きました 剣を捧げ罰を受ける所存です』
タムドクはこれを許し ホゲ軍の残余勢力は太王軍に合流する形となった
ホゲの所在を明らかにすべく 野営地の内外を調査するが…
『見つかりませんか?』
『偵察を送りました 大将軍を護衛しているのは約20人の騎馬隊です』
そこへ チョロが現れ皆を驚かせた
『捜しているのは騎馬隊ですか? 途中で見ました
追っ手の契丹(コラン)人は約50人』
しかし タムドクが聞きたいことはそんなことではなかった
『スジニは?』
答えないことが答えと受け止め タムドクはコ将軍に命を下す
まずは契丹(コラン)軍の動きを封じることと…
『陛下 騎馬隊を助けるのですか?』
『言ったはずです 大将軍を罰するのは私だけだと 案内を頼む』
チョロと2人で行こうとするタムドクを 必死に止めるヒョンゴ
『王様!どうか兵を随行してください
もうお1人で行かないでください!』
『兵が動けば契丹(コラン)側に気づかれ 戦争になります
先生 命令です 私に兵をつけないように』
『契丹(コラン)人は…』
『本陣の監視を!』
契丹(コラン) キドゥハリ付近 廃墟の村
野営地を脱出したホゲと騎馬隊は 契丹(コラン)の追っ手を気にしながら
敗残兵のように逃げ回っていた
廃墟の村のはずなのに 異様に殺気に満ちていると ホゲは感じていた
すると ふいに矢が飛んでくる…!
その一矢が合図だったのか キドゥハリ部族の一団が襲ってくる
疲れ切っていたところへの襲撃に ホゲたちは死にもの狂いで戦った
しかし…
ようやく勝ったと思ったその時 前後左右から 新たな一団が現れる
その後方から現れたのは キドゥハリの若者だ
『ヨン・ホゲは?』
『軽々しく呼ぶな 高句麗(コグリョ)の大将軍だぞ!』
ホゲを守るように 騎馬隊長が立ちはだかる
『王に見捨てられた者が大将軍とは笑わせる』
『王が言ったのか?私をお前に引き渡すと』
『真偽を確かめるべく お前たちを見張ってたが 自ら出向いて来るとは
私はキドゥハリ族のトゥタイ お前の首を頂く』
『そう簡単にはいくまい』
トゥタイとホゲが戦おうとしたその時 タムドクたちが後方から現れる…!
『首長の命令を忘れたのか
私の許可なく高句麗(コグリョ)の者に手を出してはならぬ!』
『お前たちが仲間だと知れば 首長様もお怒りになるだろう
運は我らに味方した ここに高句麗(コグリョ)の王と大将軍がいる!
殺せば契丹(コラン)の勝利だ!!!』
奇声を上げる契丹(コラン)の兵士たち
その奇声を上回る大声で タムドクが一喝する
『契丹(コラン)人に告げる!!!
最後の警告だ 高句麗(コグリョ)の王が 自国の民に会うのだ
これ以上の邪魔は許さない!
大きな戦争を避けるには お前たちを殺すしかない!
そうなる前に 黙って引き下がってほしい』
契丹(コラン)の若者トゥタイは 憮然として言い放つ
『高句麗(コグリョ)の王を殺す者が!契丹(コラン)最高の勇士になる!
討てーーーっ!』
トゥタイとタムドクの間に立つホゲ
タムドクを睨みつけているホゲが どちらに刃を向けるのか…
目の前のタムドクか それとも後方の契丹(コラン)兵か
ホゲは 振り向きざま契丹(コラン)の兵士を斬り殺す…!!!
襲いかかるトゥタイを返り討ちにしたのはタムドク
多勢に無勢であっても 高句麗(コグリョ)の兵士に勝てる相手ではない
たちどころに倒された契丹(コラン)の兵士たち
そして互いに睨み合うタムドクとホゲ…!
『見えるか?我々のせいで皆 死んだ』
『高句麗(コグリョ)の… 太王… 陛下…』
『これが王だ 一寸先が見えなくても決断を下さなければならず
そのたびに後悔する 軍隊を率いてくれば犠牲者を減らせたかもしれん』
『無駄話はよせ 殺してみろ 私もお前を殺してやる』
『そんなに王になりたいか?』
『分からないのか?王になりたいのではない お前に復讐したかったのだ…』
いつかは戦わなければならない2人であった
誰も止めることはかなわない
どちらかが倒れない限り 終わることのできない戦いだった
『ホゲ 分からないのか?
なぜ軍隊を伴わずにお前を捜し… 追っ手を皆殺しにしたか!!!』
『私をあざ笑いたかっただけだ こんな私の姿を見てどうだ?
それとも 私がお前にひざまずき 王と呼ぶのを望むのか?』
『ああ ひざまずいて私を王と呼んでみろ!』
タムドクの一撃でホゲは地面にへたり込んだ
そののど元に剣を突きつけるタムドク
『お前を殺さずに済む名目が欲しい』
『名目? 私の母と父を殺し 愛する人を傷つけた そのお前を王と?
ためらうな… 私の首を撥ねろ!!!』
叫びながら タムドクは剣を振り下ろした
ホゲの背後の木が 音を立ててその幹が真っ二つに斬られた
『大将軍ヨン・ホゲ 契丹(コラン)に出征して連戦連勝の功績を残した
しかし 王命に背いた罪により 大将軍の称号をはく奪する
二度と高句麗(コグリョ)に戻るな』
タムドクは振り返らず 立ち去る
その後をチュムチが続き チョロは最後まで後方を睨み 後へ続く
『戻れ… まだ終わっていない』
ホゲが立ち上がり タムドクの背中を睨みつける
しかしタムドクは振り返らない
『待てーーーっ!!!!!』
ホゲが投げた剣が チョロの頬をかすめ 真っ直ぐにタムドクの背中に…!
それをかばうように振り返ったチュムチの心臓に突き刺さる!!!
怒りに満ちたチョロの長槍が ホゲの胸に突き刺さった
『チュムチ!!!』
『王… 王様…』
チョロの長槍が突き刺さったはずのホゲは 吹き飛ばされたが生きている
その胸から取り出されたのは 白虎の神器…!
光り輝く白虎の神器は ホゲの手を離れた
眩い光は空をも照らし タムドクは息絶えたチュムチを見つめていた
帰還したタムドクは 真っ先に負傷兵のもとへ向かう
『容態は?』
『回復に向かっています』
腹を刺されて重傷の騎馬隊長は それでもタムドクの前にひざまずいた
『大将軍の… その後は?』
『彼の部下が連れて行ったが 行先は知らない』
『不忠な臣下の私が… 厚かましくもお願い申し上げます』
『そなたは不忠ではない 大将軍に仕えろと私が命じたのだから 話を聞こう』
『…嘘をついてください!契丹(コラン)は大将軍を追うはずです
私の傷は深く 助かりません この首を撥ねて大将軍だと偽りを!
天が遣わした高貴な方に 罰当たりなお願いですが…
謹んでお願い申し上げます 私の首を契丹(コラン)に渡してください』
騎馬隊長の切なる願いに タムドクは黙り込む…
一方 息絶えたはずのチュムチは 轟々と高いびきをかいて爆睡している
…と!自分のいびきのうるささに 目を開ける!
取り囲む手下のマンドゥク パソン タルビが喜ぶ
『目を覚ました!』
『具合は?』
『気がつきました?』
『タルビ…』
ガバっと飛び起きて 自分の胸をなでまわすチュムチ
確かにこの心臓に剣が刺さって…
と思っていたら 途端に腹の虫がぐ~っと鳴った
ガツガツとメシをほうばるチュムチを 甲斐甲斐しく世話するタルビ
白虎の神器を眺めているパソン
ヒョンゴは どう考えても分からん…という表情で…
『玄武は暗闇の怒り 青龍は冷たき慈悲 白虎は純真なる勇気だそうだ
チュムチ 白虎の神器が選んだ守り主はチュムチ! お前だったのだ』
『守り主って何だ?』
『ところで 鍛冶屋のパソンから見て この鉄の神器はどうだ?』
『人間が扱える鉄じゃないね 溶かして叩いたりできない』
『聞いたかね?この神器はこのまま守り主が大事にするしかない』
『それはそうと 王様はどうしていらっしゃる?具合が悪かったろ?』
『我々の王様は 体調は回復されたようだが心はあまり穏やかではないようだ』
ようやく落ち着いて あらためてチョロと話すタムドク
チョロはスジニを捜し当てたが 黙っていてほしいと言われ…
『あいつに言われた通り 1人で残してきたのか?』
『そう頼まれました そして私に 王様を守ってほしいと』
『そこに… あいつがいた所に行っても 見つからないのか?』
『捜せません もう私にも見つけられません』
一方キハは 火天(ファチョン)会に身を寄せながら ホゲの行方を捜していた
ホゲが契丹(コラン)人から逃げ 小さな村の宿に身を隠していると知り
深手を負っているホゲのため 自分の方から会いに行こうとする
また 自らの手で命を奪ったサリャンを弔わなければと 心を痛めるのだった
『寒くないように 深く埋めてあげて…』
キハは サリャンが最後に言った言葉を思い返していた
「生きてください どうか生き延びて お子様を…」
意識を取り戻し起き上がったホゲの前には キハが…
ホゲのために煎じ薬をつくるキハ
『あと1日走れば 阿弗蘭寺(アブルサンサ)へ 皆が待っています
火の巫女と 巫女が仕える方を』
『私はそなたに何もしてやれない 無力になってしまった
父上に毒を渡した人と一緒にいながら 怒ることもできない』
『私にも何も残っていません 大事なものはすべて失いました
そしてやっと分かりました …まだ分かりませんか?
天は私たちなど眼中にもありません 天が見守っているのはただ1人
果たしてその人物が 天の試練を乗り越えられるか あなたと私…
私たちは その試練に使われる道具に過ぎません』
『天があいつを試すための 道具でしかないのか』
『私は天と戦うつもりです これ以上天が人に干渉することは 許しません』
『それで我々はどうなる?
天が不在の人間だけの地は 地獄になるかもしれない
私は人間を信じない 自分を見れば分かる 人間は限りなく残酷なのだ』
『地獄でもいい なぜなら 自分の運命を自分で開けるから』
歴史記録官の記録
“太王様がご帰還の際
契丹(コラン)にいた高句麗(コグリョ)の流民1万人と 家畜の群れが合流した
太王様は 国内(クンネ)城に通じる近道ではなく
敢えて東方を回る道を選ばれた
これは 後燕に高句麗(コグリョ)の威厳を見せつけ
反発を起こさせないためだった”
高句麗(コグリョ) 国内(クンネ)城
“さらに 各部族の私兵制度を撤廃することにより
高句麗(コグリョ)のすべての兵は 太王軍として編成された
5部族を1つに結束し 征服した地域に自治権を与え 律令を守らせた
ソスリム王の代に設立された教育機関を拡充し 人材を育成された”
ヨン・ガリョ邸
“太王様は ヨン・ガリョの死をいたく悲しまれた
政治を任せられる人を失ったと 何度も言われたという”
ヨン・ガリョ邸を散策するタムドクの傍には チョロが付き添っている
チョロが差し出す酒を飲むタムドク
その酒瓶を タムドクはチョロに差し出すが チョロは顔を歪めるだけだ
スジニのように酒の相手にはならないと 苦笑するタムドクは1人酒を飲む
キハは ホゲを伴い阿弗蘭寺(アブルランサ)に戻ってきた
それを迎える長老の姿は 以前のように若返っている
『ようこそ大地の母 火の巫女カジン様 お待ちしていました』
掴み掛かろうとするキハを ホゲが止める
『長く生きてきた虎族の私が 紅玉の火の力を借りて若さを取り戻したのです
この阿弗蘭寺(アブルランサ)と神器を キハ様に捧げます』
キハの前に 朱雀の神器と青龍の神器が差し出された
『虎族の末裔 火天(ファチョン)会の長老に聞く 私は誰だ?』
長老の1人がうつむいて答える
『我が虎族の母であり 火の巫女です』
『ならば 長い間死ねずにいるあの者は誰なのだ?』
『太古の昔から 虎族の大長老でした』
『どうしたらあの者を殺せる?』
『我々は方法を存じません キハ様』
キハは 憎しみを込めた目で大長老を睨みつける
『私が聞く どうしたらお前を殺せる?』
『……』
『しかと聞け お前は私の子の命を奪った
だからお前を殺さねば何も始まらない』
『……キハ様の子は生きています ご自分でお確かめになりますか?
しばし 私の力を利用してください 記憶を取り戻すのを手伝いましょう
思い出してください お子様が生まれた日 その場に誰がいましたか?』
キハの中の記憶がよみがえる…
「子供を頼む」
「勝手なこと言うな!!!」
「王様と姉さんの子だ」
すべての記憶を取り戻した時 キハの中に不安が押し寄せる
『私が今見たことを… お前も見たのか?』
『あの女は キハ様の妹だったのですか?』
『私の妹が 子供を守ってくれた…
ああ… 私の妹と子供は 火天(ファチョン)会の手の中にいるのか?
答えなさい 望みは何なのだ?』
『かつてチュシンに奪われた 我々虎族の地を取り戻すことです』
『ほかには? 望むものがあるはずだ!』
『タムドクの心臓 そしてあの者が持っている白虎と玄武の神器です
そうすれば4つの神器がすべてそろい 天の力を手に入れることができる
それが私の望みです 至る所に火天(ファチョン)会がいることをお忘れなく
キハ様… 子供を助けたいのですか?』
『望むものをすべて手に入れたら… 私の子供を助けてくれると言うのか?』
高句麗(コグリョ) 国内(クンネ)城
水谷(スゴク)城主から “百済(ペクチェ)軍の動向が怪しい” と伝言が届く
これを受けてタムドクは 兵士の訓練場を水谷(スゴク)城におくと指示
他にも次々に舞い込む問題を タムドクはコ将軍に半分任せると言い
コ将軍は いっそ百済(ペクチェ)へ1人で行けと命令してほしいと断る
上奏文を読み続ける記録官
タムドクは ふと1つの上奏文に気をとめる
“私は後燕の太子の宮殿で副官をしておりますが…”
その文章の前文
“陛下は人の痛みを1日で治されると…”
タムドクは いつかスジニに言われたことを思い出す
「だから王様というのは どんなに心が痛くても1日で治す才能がないと
そしてまた立ち上がって 前に進むべきです
“私について来い” “私は王だ” なんてね」

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