◆ チュノ~推奴~ 第11話#3 雲住(ウンジュ)寺へ ◆

『この女たちを縄で縛って連れて行け』

『どういうこと?』

『立て!』

『何事ですか?』

『どうか命だけはお助け下さい!』

オ補校(ポギョ)とその部下に 突然乱入され連行される酒場の女将と若女将

連れてこられたのは尋問の部屋だ

『何をしておる 早く顔を上げろ』

そっと顔を上げると そこには 尋問され血だらけの馬医が…

驚きのあまり 声も出ない2人

相次ぐ両班(ヤンバン)殺しの捜索で 手ぶらで帰るわけにはいかないと

少しだけ質問に答えて 顔を立ててくれればいいからと言うオ補校(ポギョ)に

安請け合いでついて行った馬医だったのに どうやら本気の尋問を受けたようだ

『しっかり見ろ この罪人を知ってるか?』

『オ補校(ポギョ) なぜ私たちにこんなことを?』

『黙れ!白状しないとお前たちも重罰に処すぞ!この罪人について隠さず話せ』

『は…はい あの人は私たちの宿で馬の世話をしています

他には何も知りません』

『白状しないと こいつと同じ姿になるぞ!

訓練院(フルリョヌォン)にいたソン・テハと一緒にいたか?』

それは ソン・テハがまだ脱走する前の話にさかのぼる

訓練院(フルリョヌォン)の厩舎の奴婢だったテハが 馬医を訪ねて来た時の

様子を思い浮かべる女将

「何の用だ?」

「食べた物が悪かったのか 昨夜から下痢をしています」

「分かった 馬を置いて行け 2日か3日はかかるだろう」

「特別料金を払いますから早めに治してください」

「特別料金か いくら払う?」

『一緒にいたと白状しないと出られないぞ 早く言え!』

『俺たちも疲れてるんだ』

馬医は 放心状態でじっと2人を見つめている

酒場で軽口をたたいて酒を飲んでいたのに 今は罪人になろうとしている

たまりかねた若女将が…

『この目で見ました!』

『何をだ』

『脚を引きずった奴隷が 馬を預けるのを見ました』

『やはりか これでも認めないか?』

馬医は 無表情のまま答える

『馬の治療代も払わず…引取りにも来ないので 売りました…

すべて生活のためでしたぁ…ウッ…』

泣き崩れる馬医

哀れな馬医の泣き顔に 同情のため息をつく女将

『訓練院(フルリョヌォン)の馬を勝手に売るとはな その金を何に使った?

逃走費用として渡したのか?』

『なぜ わしにこんなことをするのです?

今までオ補校(ポギョ)に 何度も酒と食事をご馳走したのにぃ…ウッ…』

都合悪そうに視線をはずすオ補校(ポギョ)

部下がイライラと怒鳴る

馬医の このひと言が 逆にオ補校(ポギョ)を引っ込みがつかない状況に…

『物分かりが悪いな!』

『無礼者め!出まかせを言うな 私は何ももらってない!』

『普段はもちろんのこと 節句には餅代の金を渡しました…』

『ふざけるな!』

ますます立場が悪くなったオ補校(ポギョ)は したたかに馬医を殴りつけ

女将と若女将にも凄んでみせる

『命が惜しくないのか?

私が お前たちにタダで酒を飲ませてもらったか?』

『滅相もない…』

『は…はい 一度もありません オ補校(ポギョ)は清廉潔白な方です』

『そうだろ?ご苦労だったな お前たちは帰っていい!』

一方 ワンソンの悪巧みにつき合わされたチェ将軍は…

主が不在で女だけのお屋敷に入り込んだワンソンとチェ将軍だったが

夫人の部屋から帰って来ないワンソンとは対照的に

執拗な侍女の色目から逃れ 独り眠れぬ夜を過ごすチェ将軍 そこへ…

『兄貴 起きろ』

『どうしたんだ?』

『主人が帰ってきた 時々あるんだ 急げ』

やれやれ…と ワンソンの後を追うチェ将軍

『捕まえろ!!!』

『相手にしなくていい!お互い様だ』

『捕まえろーーー!』

そしてこちらは 夜も更けてからの外出をするオッポクとチョボク

そこへ 屋敷の主人が…

『夜中にどこへ?』

『それはですね…』

口ごもるオッポクに代わり チョボクがスラスラと…

『キム参判(チャンパン)の奴婢頭の家にワラを編みに行きます

私は 数日前に亡くなった先達(ソンダル)様の家の手伝いに…

『数日前とは?』

『私も詳しくは存じません 妓房(キバン)で亡くなったそうです』

『そうだったな 噂は聞いている 物騒だから出歩くのは早い時間にな』

納得して立ち去る主人を見送ると

『驚いたな お前は頭の回転が早い 俺は冷や汗をかいたぞ』

『肝が小さい男は女を守れないわよ』

無事に屋敷を抜け出したオッポクたち

今夜はクッポンたちに銃の使い方を教える

『思ったより難しいな』

『1個所に視点を定めるんだ 尻を上げろ

いいか あそこにあるナツメを両班(ヤンバン)の頭だと思え』

練習だというのにビクつくクッポン

『標的より先に俺が死にそうだ』

『難しいと言ったろ 狙いを定めた後に息をすると銃が揺れるんだ』

オッポクとクッポンの分までワラを編まなければいけない他の奴婢たちは忙しい

『最初からもう一度だ』

『分かった 腰が痛いな』

『火薬を入れろ 銃弾を! 固めろ 火をつけろ

構え! 狙う 息を止めろ バンッ!』

一連の流れを 何度も練習する様子を 耳で聞きながら

見張りをしているチョボクも一緒に真似ている

オッポクの撃ち方を何度も見ているチョボクの方が 彼らよりも上手だった

帰り道…

『私にも銃の撃ち方を教えて』

『危ない目に遭うぞ』

『遠くから隠れて撃つから危なくないわ』

『隠れてやることは危険なんだ』

『じゃあ 堂々としてたら安全なの?』

『余計なことをせず 嫁に行くことを考えろ』

『チッ 顔に刻印がある女を誰がもらうと言うの?』

オッポクと同じように チョボクの顔にも“奴”の入れ墨がある

逃げた奴婢が推奴(チュノ)師に捕まり 連れ戻されると顔に入れられるのだ

先を歩くチョボクの肩に手を置きたいオッポクだったが 結局できなかった

ワンソンたちと会うために歩き続けるテギルとソルファは…

『お兄さん 皆とどこで会うの?』

『道端で別れたから 道端で会えるさ』

『すれ違いになったら?』

『うるさいな 不安ならついてくるな』

『行く所がないのを知ってるでしょ

またサダンや妓生(キーセン)になって愛想笑いをしろと?

そうしてほしいの?』

『イヤなら黙ってついてくるんだな』

『お兄さんには情ってものがないの?』

怒って先を行こうとするソルファの脚が ピタッと止まる

『おにいさんたち!』

『お? 兄貴~! アハハハ…』

再会を喜び合う4人の顔に笑顔が…

『無事か?』

『もちろんだ』

『お前は?』

『人生は冒険だ 昨夜も走りまくったよ アッハハハ…』

『どうせ女と遊んで騒ぎを起こしたんだろ』

『会いたかったでしょ?』

『おとなしくしてたか?』

妹のような存在のソルファに 優しい目で応える兄2人

『私ほど おしとやかな女はいないわ』

『それは知らなかったぁ』

『覚えといて』

『ハハハ…』

『行くぞ』

テギルたちが再会した頃 テハの一行は…

雲住(ウンジュ)寺への険しい山道

石堅(ソッキョン)様を抱いて歩くオンニョン それを気遣うテハ

『代わります』

『いいえ 大丈夫です』

『山道で大変でしょう』

『やらせてください 少しでも役に立ちたいのです』

再会したテギルに チェ将軍が…

『オンニョンは?』

『ソン・テハを捕まえる』

『見てくれ』

『これは?軍の密旨だな』

『前左議政(チャイジョン)イム・ヨンホの家で見つけた』

『“志を果たせぬ弥勒が横たわっている”』

『仲間との連絡だ』

『“横たわる弥勒”とは臥仏か?』

『臥仏と言えば…全国でただ1つ あそこにしかない』

『雲住(ウンジュ)寺か』

その雲住(ウンジュ)寺に 一足早く着いたテハたち

しかし 他に人の気配はないようだ

『本当にここなのですか?』

『部下は時間を守ります』

テギルたちはようやく雲住(ウンジュ)寺を目指すと決めたばかり

『距離は?』

『ひたすら歩けば1日半で着く』

『もっと急ぐぞ!』

闇雲に急いでいるテギルを制止するチェ将軍とワンソン

『放せ』

『何をする気だ?』

『兄貴 気は確かか?』

『どけよ チェ将軍…』

答えを聞く間もなく テギルはチェ将軍の鳩尾に鉄拳を加えると

さっさと走って行ってしまう

倒れたチェ将軍を介抱して追いついた時には 役人の馬を奪い

駆け抜けてしまっていた

『兄貴ーーー!クソッ 兄貴はどうかしてる』

『あの人が結婚したのよ』

『結婚?いつのことだ?』

『分からないけど 夫はソン・テハだって』

これでやっと事情がのみ込めたチェ将軍とワンソン

こうしてはいられない テギルの暴走は想像を絶するものになりかねないのだ

『馬に乗れ!』

不安がつのっていくハンソムの視界に 6人の姿が見えた

再会に感動しながら 抱き合う同志たち

『全員 そろったな』

笑顔が泣き顔になり そしてまた笑顔になった

汚名を着せられ 生き延びるために屈辱の中で耐えたソン・テハと6人の部下

そしてただ1人 裏切り者となり済州島で石堅(ソッキョン)王孫を

守り抜いたハンソムだった

『グァンジェ!』

『お前 また太ったようだな』

『よかった 無事で会えた』

夢中で疾走していくテギルの馬を止めるチェ将軍

『何だ!』

『馬を捨てないと』

『残りは?』

『歩いても夕方には着く』

『もう少し乗ってよう』

『驛站(ヨクチャム)の馬だから 見つかったら死刑だぞ』

※驛站(ヨクチャム):官吏のための地方の宿泊施設

『走ればもっと早く着くな 下りろ ワンソンは跡を消せ』

『走ってばかりだ やってられないぜ』

奪った馬を下りて 先を急ぐテギルたち

再会したテハたちは 鉢巻きをとり 額に刻まれた“奴”の文字に涙していた

『2時間後に臥仏へ集合だ チェ将軍は渓谷へ ワンソンは下れ

俺は中央を行く 見つけたらカッコウを2回だ やってみろ

後を追うことになったら 2回を2度繰り返せ』

『オンニョンが一緒なんだろ 冷静にな』

『…分かった』

『冷静になれ』

『分かってる!』

『約束しろ』

『俺はイ・テギルだぞ』

『1人で飛びかからず 目印を残せ』

『行くぞ!』

『お兄さん!ゲホッ…』

3人が散り散りになって間もなく 息も絶え絶えのソルファが辿り着く

置いて行かれまいと 必死にまた後を追う

再会の感動が落ち着き テハが皆に話す

『石堅(ソッキョン)様に挨拶をしよう』

オンニョンに抱かれた石堅(ソッキョン)王孫の前に整列する一同

テハが皆を代表して挨拶をする

『ソン・テハと訓練院(フルリョヌォン)の武官でございます

石堅(ソッキョン)様にご挨拶致します』

テハに習い 皆がひざまずく

ようやく武官として振る舞うことができた瞬間だった

テギルは 雲住(ウンジュ)寺に向けてひた走る

かじかんだ手を かまどの火で暖めていたオンニョン

背負われて じっとテギルの夢を聞いてくれたオンニョン

駆け寄ってきて自分の方から口づけをしてきたオンニョン

洗濯物の影から 楽しそうに笑いかけたオンニョン

そして テギルが見た最後のオンニョンは

自分の放った剣に頽れるオンニョンの後ろ姿だった…

兄クンノムの言った言葉が甦る

「訓練院(フルリョヌォン)の前判官 ソン・テハと婚礼を挙げた」

 
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