◆ チュノ~推奴~ 第3話#3 奴婢の世に… ◆
『考えがまとまったら意見を出せ』
『考えるまでもない 殺そう』
『誰から?』
『誰からでもいい』
『両班(ヤンバン)を殺して奪うんだ』
『奪う?』
『どうせ俺たちから搾り取った財産だ 取り戻して何が悪い?』
『盗みを働く気か?』
『じれったいな 両班(ヤンバン)と奴婢が逆転した世の中を作るんだろ
合わせて 1 2 3 4 5…たった6人でだ まずは金をたくさん集めないとダメだろ?
せめて刀を持てるくらいにはな』
『刀を持ったあとは?』
『両班(ヤンバン)を皆殺しに』
『それから?』
『それから…奴婢の証文を焼く』
『そのあとは?』
『…何をしようかな』
『両班(ヤンバン)の頭首といえば王様だぞ』
『いくら何でも王様は…殺すとしても下位の奴から順番にだ』
『ケノムさん オッポクです』
この物騒な会議をしているのは 両班(ヤンバン)の屋敷の奴婢たち
訪ねてきたオッポクというのは テギルに捕えられて顔に“奴”の入れ墨をされた男だ
『体はどうだ?』
『まあまあです』
『猟師だった時に 虎を撃った話をしてくれ』
『火縄銃なら 飛ぶ鳥の頭だって撃ち抜けます』
『それほどの腕前なのか?』
『これでも江原道(カンウォンド)の猟師です 三歩放砲くらいは朝飯前ですよ』
『“散歩放砲”?』
『つまり…説明しようか?こうして銃を構え 標的を見る 火薬を詰め 弾を入れて
詰め込み 点火して狙う パンッ! これを3歩でやるから三歩放砲と言う』
『3歩で出来るもんか』
『本当だぞ 遅いと虎が逃げる』
『チッチッチッ 腕を生かせず縄をなう毎日とは もったいないことだ』
『借金のカタとして奴婢になったんです 火縄銃があれば両班(ヤンバン)の頭に
風穴を開けてやるのに』
『私たちの団に入らないか?』
『“団”とは?』
ケノムが 縄ない用のワラの中から取り出したのは銃だ
『これは?』
『何だと思う?』
『狩りを?』
『そうだ だが獣だけではなく“両班(ヤンバン)狩り”だ
毎晩1つずつ 両班(ヤンバン)の頭に穴を開ける』
『何だと?』
『両班(ヤンバン)を殺して奴婢の世を作る それが団員の使命だ』
この さらに物騒な会議を 盗み聞きしている者がいた
チョボク… 何かとオッポクにちょっかいを出し 世話を焼く奴婢の女だ
『皆 裸でこの世に生まれ 一方は主人で 他方は奴隷 おかしな話だろう?
間違ってると思わないか?そうだろ?』
『その団とやらは 大きいのか?』
『村ごとに まとめ役の人がいる』
『それは誰です?』
『立派な方に決まってる』
『その方が“奴婢の世が来る”と言ったのですか?』
『“来るのではなく作るのだ”と どうだ?お前の才能を生かしてみないか?』
『つまり…』
『シッ!』
ケノムが外の気配に気づいて 戸を開けると…
『聞いてやがった!』
『チョボク!』
『ケノムさん…』
『どこから聞いてた?』
『“両班(ヤンバン)を殺して世の中を変える” “宮廷に押し入って王様も殺す”と』
『マズい!バレたら終わりだ こいつを殺そう!』
『待って!私も仲間に入れて』
『女に何ができる?』
『何でもするわ!』
『女はダメだ』
『どうして女はダメなの?女だって人間よ!』
『せめて日向に埋めてやれ』
『ケノムさん!!!』
皆がいきり立ったその時 オッポクが…
『待て 同じ奴婢なのに殺すと?俺は抜けます』
『オッポク!』
『世直しに俺の腕を貸すから この娘も仲間に入れてください 誰からやりますか?』
オッポクにこう言われては 誰も反対できなかった
壮大な企てなのに まともに銃を使えるのはオッポクだけだったからだ
帰り道 夜道を並んで歩く オッポクとチョボク
『さっきはありがとう』
『恐れを知らない女だな』
『怖がって生きたところで 身分は変わらない』
『おとなしくしてろよ 女の出る幕じゃない』
『誰も女とは思わない こんな顔になったら獣と同じよ それに奴婢が美人だったら
不幸になるだけだわ』
オッポクは 思わずチョボクの手を握りたくなったが こらえた
並んで歩きながら オッポクは さっきの会議のことを思い返していた
『お前の考えは?手始めに誰をやる?』
『イ・テギルさ 奴婢を捕まえて売り飛ばす両班(ヤンバン)の手先だ
そいつの頭に穴を開ける』
『推奴(チュノ)師のテギルのことか?手強い相手だぞ』
オッポクの顔には 憎しみが表れている
自分の顔に “奴”の入れ墨がされたのは テギルに捕まったからだ
弱い立場の奴婢を捕えて金儲けをしているテギルこそ 殺さなければと思った
そのテギルは…
旅立ちを明日に伸ばして 眠りについている
もちろん ソルファも並んで寝ていた
こそこそ起き出したのは ワンソン
四つん這いになったと思ったら…
兄貴分2人が首を持ち上げて睨みをきかす
すごすごと床に戻るワンソン
結局誰も寝ていなかった
ただ1人 すやすやと寝息をたてているのは ソルファだ
一方 こちらでも眠れていない女が2人 女将と若女将だ
『ねえさん 近頃変なのよ 鶏が卵を産まないの』
『そう?』
『チェ将軍に卵をゆでてあげたいのに…猫の仕業かしら』
『なぜチェ将軍に卵をあげようと?』
『がっしりした胸がたまらないの あの胸に抱かれたら とろけちゃう…』
『あなたにはパン画伯の方がお似合いだわ』
『あのおじいさん?』
『意外と若々しいわ 抱かれてみたら?』
『ねえさんこそ 私はチェ将軍しか考えられない この気持ちを抑えるのがつらいわ』
『はぁ…尿瓶を入れといて』
若女将が内鍵をかけようとすると…
『閉めないで!誰か来るかも…開けといて…』
若女将も すぐに納得して鍵を開ける 似た者同士の2人だ
オンニョンは 独り逃亡の身を続けていた
男の身なりで安宿に泊まり 荒くれどもの卑猥な話に耐えていた
相部屋どころか 足の踏み場もないような状態で雑魚寝だ
とうとう耐えかねて 夜中に宿を抜け出すオンニョン
その後を 同じく雑魚寝していた男2人がつけて行く
一方テハは 民家に忍び込み水を飲み 食べ物を盗み食いしている
矢傷が悪化し 飢えに苦しみ 体力も限界だった
最後に残った 僅かの体力で 役人の馬番を襲い 馬を手に入れたテハ
それでも 馬に乗ることさえやっとの状態だ
朝もやの空気を吸いながら テギルが厠(かわや)に入ろうとすると…
先に入っていたソルファが悲鳴を上げる
『ちょっと!どれほど女に飢えてるわけ?』
『早く追い出さないと…』
『おにいさん…』
『何だ?』
『紙を持ってきて』
『ぜいたく言うな 紙なんかない そこのワラで拭け』
『女はこんなの使えない…』
『ないよりマシだろ』
『おにいさん 待って おにいさん…』
みんな起きたころ 揃って朝食を食べていると…
さっそく女将がやって来て ソルファの存在に驚く
『おはよう~ …どなた?』
『はじめまして 一座から追い出されたところを助けてもらったんです』
『サダンの娘みたいね …チェ将軍が助けたの?』
『女将さん こっちのおにいさんです この人は知らないフリをしてたわ』
『ならいいの』
場の空気を読める賢いソルファだ あとの2人もなぜだかホッとする
女将も機嫌が直って 持って来たおかずを…
『足りなかったら言ってくださいね』
置いたとたんにありつくのは あとの2人だ
ソルファは すべてを分かったような顔で…
『あの女将さんと寝たでしょ?』
飯粒を吹き出すチェ将軍
笑い転げるワンソン
テギルも呆れ顔だ
『やっぱりね 女将さんの目つきが…』
『若い娘が何だ!』
『路上の暮らしは私の方が長いわ』
『そんなことは自慢にならない 口に気をつけろ』
『否定しないなんて余計に怪しいわね~』
そこへ 面倒なのがまた1人…
『あなたは誰?』
若女将だ
『サダンの娘ね なぜチェ将軍の隣に?』
関わりたくないのか あとの2人は夢中で食事を…
ソルファは すごすごと自分の膳を床に下ろす
『近頃は とっても物騒なんですよ いかがわしい女には気をつけてください』
まだ暗いうちに宿を出たオンニョンは 怪しい二人組に尾行されていた
オンニョンが女だと気づいて 襲う目的で追って来たのだ
『待ち人か?』
『何するの』
『相部屋になった仲だろ』
『なかなか いい尻だ』
『やめて!』
『行きずりの関係もいいもんだぜ』
『持ち物をあげるから』
『もちろん頂いておく』
『よく見ると美人だな』
服を脱がせようとする男たち
抵抗するオンニョン
その横を 馬に乗ってテハが通り過ぎる
先を急ごうとするが オンニョンの悲鳴がテハを引きとめた
もはや 男どもを撃退する体力さえないようにも思われたが…
それでも力の差は歴然としていた
男どもが退散すると テハは崩れるように倒れた
『大丈夫ですか?しっかりして』
オンニョンが肩に手を置くと テハの衣服は血に濡れている
『しっかりしてください!』
テハとオンニョンがいる すぐ上の道を軍人たちが走って行く
馬を盗んだテハを追跡しているようだ
そんなこととは知らないオンニョン
『待って 助けてください あの軍人を呼んできます』
『呼ぶな!』
そう言うと テハは気を失ってしまった
こちらは いよいよ出発しようとしている テギルたち
『どこへ行く気?私の馬はないの?』
『女の仕事じゃない』
『連れて行って炊事をさせればいい』
『うるさい もう追っ手もいないだろ?』
『一生懸命やるわ』
『何をやってくれる?』
『何を期待してるの?』
『そうだな とりあえず…体を洗って待ってろ』
節操のないワンソンに テギルの拳が飛ぶ
『大変だ 馬が下痢を これでは1里も歩けない』
『明日 発とう』
『馬医はどこだ?』
『見当たらない』
『出発してみてダメなら馬を借りよう 準備を』
『メシは硬めに炊いてくれよ』
そんなテギルたちを窺っているのは あのチョボクだ
屋根の上にいるオッポクに合図を送る
屋根の上のオッポクが銃を構えて テギルを狙っている
「イ・テギルさ 奴婢を捕まえて売り飛ばす両班(ヤンバン)の手先だ
そいつの頭に穴を開ける」
その言葉通りに オッポクは最初の獲物をテギルにしたのだ
『連れて行ってよ 捕まったら殺されるわ』
『兄貴 連れて行こうよ』
『母さんを捜したい』
ソルファは テギルの馬の前に立ちはだかった
『おい』
『ダメよ』
『邪魔するな どけ!』
『行かせない』
『迂回するまでだ』
その時!
オッポクの銃が火を吹いた
落馬し 大の字に倒れるテギル!
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