刻のエンピツと木の精ポチカ4
***
「ポチカ、ポチカ、美しいですね」
「うん」
向こうの山から吹き下ろす風を感じながら、語りかけてくる声にポチカは答えた。真琴から受け取った「エンピツ」を使って、種類ごちゃまぜの裏紙に書き込んでいく。
『まことくんは学校へ行きました。お家では、ポチカのことをどう説明しようかと、みんなで知恵を絞ってくれたのですが、やっぱりポチカは一緒に行くのをやめておくことにしました。また機会があるはずです』
ポチカは真琴の学校手前の畑に何本か立っている、葉のよく茂った木の根元に座っていた。昼間になって気温も上がってきたけれど、木陰に風が通って心地よい。
書く手を止めて地面に触れると、ほんのりと湿った土の感触がする。下生えの草はまばらだけれど、きれいな緑色をしてみずみずしい。チチ、という声もして、ポチカのすぐそばに小柄な鳥が降りてきた。
「可愛いですか、ポチカ」
「うん、とても」
その鳥はポチカのそばを離れず、チチ、チチ、あるいはキュ、キュというような声で鳴いている。ポチカの耳には、何かを話しているようにも聞こえた。
また同じ種類の鳥が一羽やってきた。続けて真琴の家の電線に留まっていた鳥、身体が黒くてぎゅっとした鳥も、バタバタと羽の音をさせてポチカのいる木陰に入ってきた。
ポチカはしばらく何もせず、鳥達が座って休んだり、小枝や細かい実をついばんだり、互いにちょっかいを出したりするのを見守った。たぶん、こんなに鳥が集まるのは珍しいのかもしれない。目の前を時々通る人が不思議そうな目で眺めていく。
再び「エンピツ」を握り、ポチカは書き進めた。
『とても気分がいいです。風にはたくさんの薫りがついているし、陽射しもすっきりして見えます。あっちで作業をしている人もきらきらしているみたいです。きっと、学校に行ったり、他のことをしたりすると、もっと楽しいのかなと思います』
夜には「エンピツ」で書かれた文字は輝いたけれど、昼間は周りの明るさに包まれて、あまり目立たなかった。ポチカは真琴から借りた鞄に「エンピツ」と裏紙をしまって、少しまぶたを閉じた。
いろいろな音が聞こえてくる。一番大きいのは、向こうのほうで乗り物を使って畑を耕している音。一番近いのは、いまポチカと一緒にいる鳥達の声、それぞれの足音。よく気をつけると、その間にも無数の音があふれている。
ポチカはうとうとしてしまったのかもしれない。
「ポチカ、ポチカ」
いつものように呼びかける声がする。感じることを覚えて、実際に触れること。そこに開くものがあるのだろうか。
以前までそれとして存在したものが展開する。濃淡をつけ、精彩を増していく。おそらく自分自身も飲み込んでいく。不安も喜びも楽しみも怖れも、ぜんぶ混ぜ込んで、広く、大きく流れていく。
安らかであること、そこで刻まれるもの。
「ポチカ」
「うん」
ポチカは真琴の鞄に手を置いて、中にしまった「エンピツ」の温かさを感じていた。
***
給食は真琴の予想通りカレーで、同級生達がお代わりの列を作った。どちらかといえば男子のほうがお代わりをする人が多いのだけれど、リンちゃんとみんなに呼ばれている女の子は、毎度ガッツリとお代わりをしている。
「リンちゃん、やっぱめっちゃ食べる」
「だって成長期だもん」
自分の番が回ってくると、ごはんとカレーのルーをたっぷり盛りつけながら、リンちゃんはいった。ダイエットのためにあまり食べないようにするなんていうこととは対照的に、リンちゃんは豪快に食べて、元気に動き回るタイプだった。
お代わり作業が済むとリンちゃんは席に戻って、カレーをどんどん口に運びつつ、机を向かい合わせにした同じ班の人達とおしゃべりしている。リンちゃんの後は一気に残りの量が減る気もするけれど、真琴も自分が食べたいと思う量は確保できた。
今日のカレーは最近の中でもおいしい気がする。真琴の班の同級生は、黙々と食べることに熱中していて、口数も少ない。ミユ先生はみんながお代わりする様子を眺めながら「たくさん食べて大きくなるよー」とうれしそうだった。
お代わりを食べ終えそうなころ、山田が教室に戻ってきた。給食の前に出ていったきり姿が見えなかったので、真琴も気になっていたのだ。
「どうした」
真琴は声をかけるでもなく声をかけた。山田は真琴のひとつ後ろの班なので、給食のとき少し席が離れる。
山田はうつむいたまま「ん」とだけ返事をして、自分の机のトレーに伏せてある皿を持って配膳台へ向かった。
「山田さん、大丈夫? 係の人が給食用意してくれてたよ」
とミユ先生が山田にいった。山田はたぶん「大丈夫です」と答えたようだけれど、真琴にはよく聴きとれなかった。残り少なくなったカレーをよそって戻ってきたところへ、真琴は「何かあったのか」とたずねたが、山田は首を振っただけだった。
「マコちんお昼休みどうすんの」
リンちゃんが真琴に近づいてきた。食べ終えた人から昼休みに入っていいシステムだったから、みんなは続々と給食の後片付けをして、遊びに行こうとしている。
真琴も最後のひとさじを口に含んで、もぐもぐしつつ、
「まだ決めてないけど」
「じゃあこおり鬼、こおり鬼やろう」
「えー」
走り回る気分ではなかったので、真琴は渋い顔をしてみせた。決めていないとはいったものの、内心、ポチカのことが気になって仕方がないので、遊ぶ感じではない。
「ええー」
次はリンちゃんが不服そうな顔をした。はっきりと眉間にしわを寄せている。ボールを持って教室を出ていこうとしていた何人かが、真琴とリンちゃんに向かってあおるようにいった。
「おぅい、夫婦喧嘩やめろよー」
リンちゃんが「なんだってー」とそちらへ突進するそぶりをすると、その子たちはふざけて笑いながら逃げていった。
このごろありがちな光景だ。リンちゃんは仲良しの友達が多いタイプなので、とりわけ真琴とどうこうということはないけれど、最近一緒に遊ぶことが増えたのは確かだった。
「ヤマダンは? こおり鬼」
「わたしは今日いい」
クラスのほとんどが給食を済ませて、がやがやし始めた中、山田はまだ静かにカレーを食べ続けていた。真琴は聞き覚えがないけれど、ヤマダンと呼ばれても本人は違和感がなさそうだ。
ぱっと見の雰囲気は似ていないが、山田とリンちゃんはかなり仲良しだった。いつもべったりというわけでもなく、でも何かとリンちゃんが山田を誘ったり、山田もリンちゃんの家に遊びに行ったりしているらしい。
リンちゃんは残念そうに「オーケー」と答えつつ、真琴と山田を交互に見た。
「んじゃあ後で来たくなったら来なよ」
「わかった」
真琴が短くいうと、リンちゃんは親指を上げてにやっと笑い、教室を出ていった。
他の同級生達は教室でトランプをしたり、校庭へサッカーをしに行ったり、それぞれ自由に遊び始めている。ミユ先生もさっき誰かに誘われて教室を出ていったみたいだ。
「まだカレーあるから」
山田は自分のお皿を指さした。
「おう、それじゃ放課後、鉄棒な」
たぶん教室でいろいろ話すのを山田は望まないだろうから、真琴もそっけなく応じた。山田が小さくうなずいたのを確認して、真琴は外へ出ようとしたが、ふと立ち止まった。
「みかん」
「ん」
真琴がいうのとほとんど同時に、山田は半分解けた冷凍みかんを差し出した。受け取ると、手が冷たい水分で濡れた。校庭に出てから食べようと思って、真琴は手のひらにみかんを載せたままで教室を出た。
「ポチカ、ポチカ、美しいですね」
「うん」
向こうの山から吹き下ろす風を感じながら、語りかけてくる声にポチカは答えた。真琴から受け取った「エンピツ」を使って、種類ごちゃまぜの裏紙に書き込んでいく。
『まことくんは学校へ行きました。お家では、ポチカのことをどう説明しようかと、みんなで知恵を絞ってくれたのですが、やっぱりポチカは一緒に行くのをやめておくことにしました。また機会があるはずです』
ポチカは真琴の学校手前の畑に何本か立っている、葉のよく茂った木の根元に座っていた。昼間になって気温も上がってきたけれど、木陰に風が通って心地よい。
書く手を止めて地面に触れると、ほんのりと湿った土の感触がする。下生えの草はまばらだけれど、きれいな緑色をしてみずみずしい。チチ、という声もして、ポチカのすぐそばに小柄な鳥が降りてきた。
「可愛いですか、ポチカ」
「うん、とても」
その鳥はポチカのそばを離れず、チチ、チチ、あるいはキュ、キュというような声で鳴いている。ポチカの耳には、何かを話しているようにも聞こえた。
また同じ種類の鳥が一羽やってきた。続けて真琴の家の電線に留まっていた鳥、身体が黒くてぎゅっとした鳥も、バタバタと羽の音をさせてポチカのいる木陰に入ってきた。
ポチカはしばらく何もせず、鳥達が座って休んだり、小枝や細かい実をついばんだり、互いにちょっかいを出したりするのを見守った。たぶん、こんなに鳥が集まるのは珍しいのかもしれない。目の前を時々通る人が不思議そうな目で眺めていく。
再び「エンピツ」を握り、ポチカは書き進めた。
『とても気分がいいです。風にはたくさんの薫りがついているし、陽射しもすっきりして見えます。あっちで作業をしている人もきらきらしているみたいです。きっと、学校に行ったり、他のことをしたりすると、もっと楽しいのかなと思います』
夜には「エンピツ」で書かれた文字は輝いたけれど、昼間は周りの明るさに包まれて、あまり目立たなかった。ポチカは真琴から借りた鞄に「エンピツ」と裏紙をしまって、少しまぶたを閉じた。
いろいろな音が聞こえてくる。一番大きいのは、向こうのほうで乗り物を使って畑を耕している音。一番近いのは、いまポチカと一緒にいる鳥達の声、それぞれの足音。よく気をつけると、その間にも無数の音があふれている。
ポチカはうとうとしてしまったのかもしれない。
「ポチカ、ポチカ」
いつものように呼びかける声がする。感じることを覚えて、実際に触れること。そこに開くものがあるのだろうか。
以前までそれとして存在したものが展開する。濃淡をつけ、精彩を増していく。おそらく自分自身も飲み込んでいく。不安も喜びも楽しみも怖れも、ぜんぶ混ぜ込んで、広く、大きく流れていく。
安らかであること、そこで刻まれるもの。
「ポチカ」
「うん」
ポチカは真琴の鞄に手を置いて、中にしまった「エンピツ」の温かさを感じていた。
***
給食は真琴の予想通りカレーで、同級生達がお代わりの列を作った。どちらかといえば男子のほうがお代わりをする人が多いのだけれど、リンちゃんとみんなに呼ばれている女の子は、毎度ガッツリとお代わりをしている。
「リンちゃん、やっぱめっちゃ食べる」
「だって成長期だもん」
自分の番が回ってくると、ごはんとカレーのルーをたっぷり盛りつけながら、リンちゃんはいった。ダイエットのためにあまり食べないようにするなんていうこととは対照的に、リンちゃんは豪快に食べて、元気に動き回るタイプだった。
お代わり作業が済むとリンちゃんは席に戻って、カレーをどんどん口に運びつつ、机を向かい合わせにした同じ班の人達とおしゃべりしている。リンちゃんの後は一気に残りの量が減る気もするけれど、真琴も自分が食べたいと思う量は確保できた。
今日のカレーは最近の中でもおいしい気がする。真琴の班の同級生は、黙々と食べることに熱中していて、口数も少ない。ミユ先生はみんながお代わりする様子を眺めながら「たくさん食べて大きくなるよー」とうれしそうだった。
お代わりを食べ終えそうなころ、山田が教室に戻ってきた。給食の前に出ていったきり姿が見えなかったので、真琴も気になっていたのだ。
「どうした」
真琴は声をかけるでもなく声をかけた。山田は真琴のひとつ後ろの班なので、給食のとき少し席が離れる。
山田はうつむいたまま「ん」とだけ返事をして、自分の机のトレーに伏せてある皿を持って配膳台へ向かった。
「山田さん、大丈夫? 係の人が給食用意してくれてたよ」
とミユ先生が山田にいった。山田はたぶん「大丈夫です」と答えたようだけれど、真琴にはよく聴きとれなかった。残り少なくなったカレーをよそって戻ってきたところへ、真琴は「何かあったのか」とたずねたが、山田は首を振っただけだった。
「マコちんお昼休みどうすんの」
リンちゃんが真琴に近づいてきた。食べ終えた人から昼休みに入っていいシステムだったから、みんなは続々と給食の後片付けをして、遊びに行こうとしている。
真琴も最後のひとさじを口に含んで、もぐもぐしつつ、
「まだ決めてないけど」
「じゃあこおり鬼、こおり鬼やろう」
「えー」
走り回る気分ではなかったので、真琴は渋い顔をしてみせた。決めていないとはいったものの、内心、ポチカのことが気になって仕方がないので、遊ぶ感じではない。
「ええー」
次はリンちゃんが不服そうな顔をした。はっきりと眉間にしわを寄せている。ボールを持って教室を出ていこうとしていた何人かが、真琴とリンちゃんに向かってあおるようにいった。
「おぅい、夫婦喧嘩やめろよー」
リンちゃんが「なんだってー」とそちらへ突進するそぶりをすると、その子たちはふざけて笑いながら逃げていった。
このごろありがちな光景だ。リンちゃんは仲良しの友達が多いタイプなので、とりわけ真琴とどうこうということはないけれど、最近一緒に遊ぶことが増えたのは確かだった。
「ヤマダンは? こおり鬼」
「わたしは今日いい」
クラスのほとんどが給食を済ませて、がやがやし始めた中、山田はまだ静かにカレーを食べ続けていた。真琴は聞き覚えがないけれど、ヤマダンと呼ばれても本人は違和感がなさそうだ。
ぱっと見の雰囲気は似ていないが、山田とリンちゃんはかなり仲良しだった。いつもべったりというわけでもなく、でも何かとリンちゃんが山田を誘ったり、山田もリンちゃんの家に遊びに行ったりしているらしい。
リンちゃんは残念そうに「オーケー」と答えつつ、真琴と山田を交互に見た。
「んじゃあ後で来たくなったら来なよ」
「わかった」
真琴が短くいうと、リンちゃんは親指を上げてにやっと笑い、教室を出ていった。
他の同級生達は教室でトランプをしたり、校庭へサッカーをしに行ったり、それぞれ自由に遊び始めている。ミユ先生もさっき誰かに誘われて教室を出ていったみたいだ。
「まだカレーあるから」
山田は自分のお皿を指さした。
「おう、それじゃ放課後、鉄棒な」
たぶん教室でいろいろ話すのを山田は望まないだろうから、真琴もそっけなく応じた。山田が小さくうなずいたのを確認して、真琴は外へ出ようとしたが、ふと立ち止まった。
「みかん」
「ん」
真琴がいうのとほとんど同時に、山田は半分解けた冷凍みかんを差し出した。受け取ると、手が冷たい水分で濡れた。校庭に出てから食べようと思って、真琴は手のひらにみかんを載せたままで教室を出た。
昼休みといっても長くて三十分ほどしか取れないので、生徒達は遊ぶことにけっこう必死だった。
遊ぶ場所の取り合いが激しいバトルになることも多くて、 野球場やサッカーのゴールを占拠できたグループは活気づき、そうでないグループは残念がる。でも、使い方の決まっていない場所、例えば体育館の裏とか、用水路の水ためとかだとしても、新しい遊び方が見つかることもある。
面白い形の石や、その裏にくっついている虫。水の上を跳ねるアメンボも捕まえるのが難しくて、ちょっとかわいそうだけれど何匹取れるかを競うこともあった。
ただ今日の昼休みについてはそういう気分になれず、真琴はいろいろな遊び場の中でも人気のない鉄棒へとまっすぐ向かった。
改めて見わたすと、鉄棒のある辺りは学校の中でも特に木がまとまって植わっていて、太陽の位置によっては濃い日陰ができる茂みもあった。普段から身近なところなのに、よく知らないことがあるものだ。
「ポチカ、いる?」
木の幹が重なっていて、誰か人がいてもはっきり見えない部分がある。背中ではみんなが大きな声を上げながらボールを蹴ったり、追いかけっこしたりしているのに、目の前は深い森のような空気にも感じられた。
ポチカのことはまだ誰にもいっていないから、あまり名前を呼び続けるわけにもいかないと思ったので、真琴は「おーい」とささやくほどの声を出しながら木々の間に入っていった。
暗い場所があるとはいえ、学校の校庭の内側だから、それほど広さがあるわけではない。向こう側の景色が見えるくらいに中まで入ってみたものの、ポチカはいないみたいだった。
「まことくん」
急に声が響いたので、真琴は数センチ飛び上がってしまった。ポチカの声だということはすぐに分かって右左と探してみるけれど、見つけられない。木の葉がさやさやとそよぐ音だけがする。
「こっち、上」
目線を上げると、真琴の頭より少し高いところの枝にポチカが腰かけているのを発見した。知らず知らず足下ばかりを意識してしまっていたのだろうか。
ポチカはリラックスした表情で真琴を見下ろしていた。枝のすき間を差し込んでくる陽射しを背中に受けて、祀り木から現れたときよりも輝いて見える。
「ポチカ」
真琴はもう一度名前を呼んだ。
「いま降りるよ」
足元には薄暗いともいえそうなところがあるのに、上を向くと青い空が透けて見える。光もよく入っていて、さっきよりも辺りの木々が縮んだような感覚がした。「おー、ナイス!」という校庭からの歓声も響いている。
腰かけていた枝に手をかけて体重を支えながら、ポチカはゆったりと地面へ降りてきた。
「学校終わったの?」
「ううん、まだ。いま昼休み」
真琴はポチカが不思議な存在だったことを思い出して、ちょっととまどった。でも、ポチカの顔は今朝途中まで一緒に登校してきたポチカそのままだった。
「ずっといたの」
見上げていた真琴のそばまで来たポチカは、にっこりと笑って、校庭で遊んでいる生徒達のほうへ目をやった。
「みんな楽しそうだね」
「まだポチカのことは誰にもいってないんだ。まだかなと思って」
昼休みも半分くらい過ぎたころだからか、校庭のみんなの盛り上がりも増していた。目立つのはサッカーをしている子たちで、ボールに集まったり離れたり、一斉に駆けだしたりして競っている。
誰かが蹴ったボールが「あ――」という声とともに真琴とポチカのいる茂みの近くまで転がってきた。二人ともとっさにしゃがんで、低木の間から様子をうかがう。いったん試合は停止したようで、みんなが走る音も少し収まった。
「うしっ」
パタパタと走ってきて勢いよくボールを拾った子と、真琴は一瞬目が合った。その子はぱっと目を見開いて茂みの中をのぞき込むようにしたけれど、校庭から名前を呼ばれてすぐ走って戻っていった。
「隠れる必要ないのかもしれないけどね」
試合が再開したのを確認して真琴がいうと、ポチカは
「でも、なんだかひそひそ話になっちゃうね」
といって笑った。確かに小声になってしまっていることに気づいて、真琴もくすくす笑った。
そういえば、山田からもらった冷凍みかんをポケットに入れたのだった。ポケットもみかんもべちゃべちゃになっているけれど、ポチカと食べられるのならちょうどいい。
「ポチカも食べよう?」
柔らかくなった皮をするりとむくと、中身はまだ芯の部分が凍っていた。このくらいがおいしいかもしれない。二房ほど取ってポチカに差し出すと、ポチカは「ありがとう」と受け取ってすぐ口へ入れた。
「冷たい」
片方の目を閉じて、口の中でみかんを転がしながらポチカはいった。
「どこかしみるの」
「ううん、違うよ。すごくおいしい」
虫歯があるのかとも思ったけれど、そうではないらしい。ポチカがもうひとつ欲しそうな表情をしたので、真琴は残りを半分に分けて渡した。真琴もひと房口に放り込むと、歯にしみるところがあった。
茂みに身を隠してみかんを食べていると、真琴は何だか秘密基地で過ごしているような気分になってきた。
校庭で遊んでいる生徒達を外側から観察している感覚、給食の時間に食べるはずのデザートを持ち出して食べていること、横にポチカがいること、それらが相まって、どこか普段の自分から離れたところにいるみたいだった。
がさりと音がしたと思うと、
「ねえ」
いきなり声がした。真琴とポチカが驚くひまもなくそちらを向くと、山田が身をかがめて二人を見ている。
「山田、じゃん」
さまざまなことが頭の中をめぐって、真琴は固まってしまった。
ポチカのことをどう説明しようか。「エンピツ」を発見したことを山田にまだきちんと報告していない、だけど先にポチカに貸した。書いた文字が光ったこと、そもそもポチカに会ったときの様子。それと手に持っている濡れたみかんの皮をどこに捨てよう。