中尾彬の死について、あれこれ勝手に考えている。

 最近、池波志乃の本、『食物のある風景』(徳間書店・2007年刊)を読んだ。こんな文章が目についた。

 

「体にいいらしい」というノリだけで、ブームになったものをただひたすら集中的に食べる知人がいる。この人は納豆がいいと聞いて朝昼晩食べ続け、数ヵ月後に痛風になった、という前科の持ち主だ。青汁や健康茶に凝って腹痛を起こしたり、りんごダイエットで口の中が荒れたり、寒天で痩せると聞いて何をカン違いしたのか、棒寒天を戻さずにかじっていて体調を崩したりもした。

 彼はとくに極端だが、これに近い話はいくらでもある。薬となると警戒するが、普通の食物のブームにはハマりやすいことは確かだ。

 健康を考えるにしても、ダイエットをするにしても、ヘルシーな食事とは何よりもバランスだと思う。女優という、自分の体を商品として人前に晒していた私は、体を壊すほどのダイエットもしたし、健康を取り戻すために独学だけれど通信教育の資料などを取り寄せ、かなり真剣に栄養学をかじってみたりした。(P217〜)

 

「かなり真剣に栄養学をかじっ」た結果、池波志乃はこんなことを書いている。

 

 とかく悪者にされているコレステロールは、実は生きていくために必要不可欠な脂質で、細胞膜や性ホルモンをつくる材料でもあり、少なすぎると免疫力が低下し、精神不安定になって暴力行為に走るとか、うつ病になりやすいという。

 コレステロール値が高すぎると、心筋梗塞などのリスクが大きくなるというのは常識だが、低すぎると癌の死亡率が五倍という研究結果もあるらしい。Mサイズの卵一個に含まれるコレステロールは約210ミリグラム、人の理想的な数値110ミリグラムから240ミリグラムといわれている。しかも健康な人はコレステロール値を一定に保つ機能が働くので、卵を毎日食べたからといってコレステロール値が上がることはないそうだ。

 もちろん、いくら食べても大丈夫という意味ではない。(P119)

 

 これを読んだとき池波志乃が何を言っているのか、最初私には皆目見当が付かなかった。しかし、良く考えてみるとどうやら彼女は

Mサイズの卵一個に含まれるコレステロールは約210ミリグラム」

 と、「人のコレステロールの正常値が110ミリグラムから240ミリグラム」

 ということから、二つの間に何らかの好ましい関係、があると考えているようであった。

 もちろん、人のコレステロール値は、血清100mlあたりの量である。体の中を流れている血液は約4000ml、そのうち血清の量は6割前後といったところだろうか。コレステロールは血清の何倍も存在するリンパ液と細胞間質液にも含まれる(2つを一緒に扱うことも多い)から、たとえ卵一個のコレステロールが消化管から全て吸収されたとしても、そしてそれが肝臓や他の細胞に蓄えられることなく全て血中に出たとしても、血中コレステロールに対する影響は極めて小さい。

 血糖値が100mgだから、コーヒー一杯に含まれる砂糖の量も100mgにしたら健康に良い、というのと同じくらい幼稚なことを池波志乃は自著の中で堂々と書いているのである。

 「栄養学」や「生理学」への無知に勇気付けられて、途方も無い理論を開陳するおかしな人をたまに見かけるけれども、残念ながら池波志乃もその一人なのかもしれない。それでも彼女は栄養学を独自に極めた「食の達人」だと自負しているのだろう。

 閑話休題。

 

 この池波志乃がフィッシャー症候群にかかったのが2006年(池波51歳)、中尾彬が重症の肺炎と横紋筋融解症になったのが2007年(中尾65歳)のときである。フィッシャー症候群はギランバレー症候群の亜型で、免疫機能低下と深く関係している。

 池波志乃は重症のニコチン中毒だった。フィッシャー症候群になってからは禁煙しているようである。

 横紋筋融解症による腎不全の患者を私は一人経験している。一人暮らしで自宅で倒れ、発見されるまで丸2日かかり、病院に搬送されてきたときには血清クレアチニンが3万以上となり、急性腎不全となっていた。これは急激に筋組織が崩壊して起きる病気であり、一般的に医者(特に開業医)が注意しているのは、抗コレステロール薬服薬による副作用で起きる横紋筋融解症であり、頻回に血清CKを測定したり筋力低下は無いかを患者に問いかけたりする。

 中尾彬も重症のニコチン中毒で、肺はタバコの毒によってかなり蝕まれていただろう。ホテルで倒れて急速に筋組織の崩壊が起きたのだろう。

 しかも、中尾彬は(池波志乃も)共に無類のアルコール好きでもあった。もちろん、慢性アルコール中毒だったかどうかは知らない。ただし、殆ど毎日相当な量を飲んでいたようである。

 慢性アルコール飲酒者には「慢性アルコール筋症」という病気があり、筋肉が損傷し、しかも筋肉再生が困難な状態になってく。

 長年の飲酒喫煙という害毒がこの「おしどり夫婦」の身体をどれだけ蝕んでいたかは想像に難くない。

 もちろん、「居酒屋しの」を夫婦で楽しんでいるのであり、他人がどうこう言おうが二人が楽しければそれでいいのだろう。ただ、有名人の早過ぎる死について、あれこれ考えてみるのも自由である。

 

 フィッシャー症候群と重症肺炎のために、この2人は夫婦揃ってタバコを止めた。しかし、酒・アルコールを止めることはできなかった。

 

続く