インド人と愛のど真ん中を爆走ブログ

インド人と愛のど真ん中を爆走ブログ

2008年に出逢った魂の伴侶は11歳年下、貧乏、既婚者、読み書きできないインド人。
想像もしなかった困難を乗り越え、遂には彼の家族とも一緒にご飯を囲む関係に。
一般の恋愛概念に囚われず、愛のど真ん中を選択し続けた2人の体験を思い出しながら綴ってみようかと。

ラジと初めて出会った日の翌日の話です。

 

彼は、刑務所のような私の安宿まで時間通りに迎えに来てくれました。

インド人には珍しく、ラジは時間を守る。

 

インド人によっては、あーだこーだ言いながら1時間以上待たせることも少なくないんです。

それでめちゃくちゃ文句言っている人もあんまり見ないし、許し許されるおおらかな社会が、日本みたいにガチガチ社会から来た私には心地良かったりもする。

 

ラジが乗ってきたのはトゥクトゥクという、バイクと車の間みたいな三輪カーでした。

後部座席にバックパックと私を乗せて、ジャイプール中心部にある彼の知り合いのプチホテルに向かいました。

 

めちゃくちゃステキ☆というわけではないけど、昨夜の宿よりはずっとまし。金額もリーズナブル。

早速チェックインすることに。この宿がその後、私の定宿となります。

 

原則として、現地に住んでいるインド人男性は、旅行者の部屋の方まで行くのは禁止されているそうな。

特に男女となると、同意があったなかったで、いろいろ面倒臭いことが起こる可能性があるからですね。

 

でも、この宿はラジの知り合いの経営するところだったので、ラジは顔パスで、私の部屋まで着いてきました。

荷物を運び入れて、遠慮もなくベッドの上に座って、部屋を見回したりしていました。

おいおい。

 

私の荷解きが終わるのを待って、部屋を出たところのホテルのテラスでお茶を飲もうということになりました。

(つまり、部屋では何も起こらなかったわけです。でもあのとき、もしそういう関係になっていたら、今の私たちはなかったかもしれない。)

 

吹き抜けの明るいテラスのテーブルに腰掛けて、私たちはどれくらい話しただろう。

朝の10時くらいから夜の7時くらいまで、ずーっと話していたと思います。

宿のおばさんが、2時間弱に1回くらい、私たちにチャイを運んで来てくれました。

 

それが5回目くらいになったとき、遂にそのおばさんは私たちに

 

「ねぇ、ちょっと聞いてもいい? あなたたち朝から一体何を話しているの?」

 

と聞いてきた。

それで私たちは初めて自分たちがランチを食べるのも忘れて話し込んでいることに気が付いたんです。

 

何を話しているかって・・・?そういえば何を話してるんだろうね。

 

決して、難しい環境の話でも政治の話でもなく、なんてことない話でした。

どっちかというと、哲学的な話だった。どんな思想で生きているかとか、自分にとって大切なこととか。

くだらないジョークとか。

 

でも尽きることがなくて、なんだか古い知人にでも再会したような、昔話を懐かしむような、そんな感覚でした。

 

これだけ話をして、このときの私の感想は、

こんなに私みたいな人がいるんだ・・・!

でした。

 

一を言って十を理解する。ふたりの中心にあるコアな部分は同じなんだなーとひとり秘かに感動してました。

性別も人種も見た目も育ってきた環境も違うはずなのに。

 

やっとお腹ぺこぺこなのに気がついて、夕飯を一緒に食べて、また次の日も会う約束をしてバイバイしました。

 

つっこみラジの一言

君の部屋に行ったとき?

うーん、何かあったらいいなと思わなかったわけではないけど、僕は何も望んでなかったよ。

とても大切な人だと思ってたから。

 

時間を忘れて話したよね。

僕は、ついに神様が自分を理解してくれる人を送ってくれた!って思った。

だから・・・

あのときは、結婚しているとは言い出せなかった。

 

 

前回の投稿からずいぶんと月日が経ってしまいました。

 

皆さんはお変わりないでしょうか。

 

こちらはお変わりありました。

あったんですよ、いろいろとあせる

 

その辺はこれから順にシェアさせていただこうと思います。

 

またぼちぼち再開させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

知り合ってすぐのインド人男性の家に付いて行くなんてね。

普通に考えたらやっちゃいかんです。

 

でも、その時ですでに60カ国くらいバックパックの旅をしていた私は、ある程度、危険な匂いが嗅ぎ分けられるようになっていました。死ぬかと思ったことも何度かあったりして。

それと、ラジに対する意味不明のハンパない安心感は、たとえ何かあったとしてももうよかろうと覚悟させるには十分でした。

良い子はどうぞマネしないでくださいね。

 

ラジの家は、ジャイプールの中心に近い、同じカーストが住むコロニーの中にありました。

コンクリートでできたマッチ箱のような家が立ち並ぶ中のひとつ。

コロニーに入ると、通路には穴があったり、溝に水が流れていたり、ぬかるみがあったり、サバイバルゲームのよう。

その中を子どもたちが器用に走り回り、いろんな人がラジに挨拶をする。

今の日本とは違って、ご近所同士が声を掛け合って、みんなで協力して暮らしてる様子がうかがえる。

 

ラジの家に入ると、本当にコンクリートの箱、という感じで、テレビと調理器具と少しの服と楽器があるだけでした。

床もコンクリートで、ところどころ砂地が出ていて、その上にインド綿の敷物が敷かれており、ほとんど地べた同然。

靴は脱いでも脱がなくてもいいと言うで、脱がないで入る。

何十年洗ってないの?と思うほど煮しまったクッションを勧められましたが丁寧に断る。笑

 

これ、普通なら、ひえ〜あんぐりとかムリ〜悲しいとか聞こえてきそうな状況ですよね。

でもそのときの私はとても居心地良くワクワクしたんです。

 

すぐに、音楽を習いに子どもたちがワラワラと集まってきた。みんな目がキラキラしてて。

それと大人の男性もひとりやってきた。

名前はラビ。ラジの遠い親戚らしい。タブラの太鼓がとっても上手。

 

部屋にぎゅうぎゅうに集まった子どもたちが、ラビのタブラ、ラジのドーラック(両面太鼓)に合わせて、ラージャスターンの歌を歌うのを聞きながら、私はなんともいえない幸福感に浸っていました。

この時間がずーっと続けばいいのに、と。

 

やがて音楽教室は終わり、バラバラと子どもたちは帰って行きました。

ラビとラジと3人になった時、ラビのいかつい顔をあらためて見て、正直少しだけ警戒心が生まれました。

思わずお腹に巻きつけた貴重品袋を服の上から握って確認したりして。

 

そんな不安も杞憂に終わり、その後もふたりの楽器と歌は私のためだけに奏でられ、多幸感に浸っていると、何かダンスを踊ってほしいと言われ。

その時に習っていた南インド古典舞踊バラタナティアムのアラリップを音楽に合わせて踊ったりして。

これまた幸せな時間ドキドキ

 

「この子はインドの魂をもっているね」

ふたりでそう話しているのがわかった。

 

そのとき、ふと私の前にある映像が降りてきたんです。

3人の子どもが無邪気に草原を走り回っている映像が。私たち3人だ。

(あ、私たち、兄妹だったのか・・・)

直感でそう感じました。

そんなわけないか、なんて否定も出てこなかった。

なんか納得したんですよね。それでここに3人来たのか、と。

 

いつまでもこうしていたいけど、そろそろホテルに帰らねば。

 

手紙送るから住所もらえる?

ラジに頼みました。

彼はポケットの財布から運転免許証を取り出して私に差し出しました。

「そこに住所書いてある?それを書き写してくれる?」

 

そのときはまだ、ラジが文盲だとは思いもよらず。

あ、私が書くのね、くらいの感じで、免許証の住所をノートに書き写しました。

そのときに、ふと生年月日に目が行き。。。

 

これ・・・誕生日・・・・私と同じ。

 

そういうと、ラジは黙って握手を求めてきました。

 

11歳年下か。。。ふーん、若いな。

 

このとき、私にはすでにラジに対して特別な何かを感じていたと思います。

だから自分が10歳以上も年上だなんて言えなかった。

 

帰るときにひとつお願いしました。

夜の街を少しバイクで走ってからホテルまで送ってほしい。

素直に言うと、ふたりでもっと過ごしたかった。

 

バイクの後ろにまたがって、しっかりラジの腰に手を回し、背中にピッタリとくっついた時の一体感。

ジャイプールの街を一緒に駆け抜けた、あの心地いい夜風は今でも鮮明に覚えています。

 

ホテルに着いて、ラジは明日、宿を変えたほうがいいと提案してくれました。

その日、私が適当に選んだ宿は、あまり良いエリアではなかったらしい。

「じゃあ、明日の朝、また迎えに来るから。」

 

確かにその日の部屋は最悪だった。

まるで刑務所のようで、鍵は南京錠、掃除が行き届いてないインド式トイレ、シャワーがピョコっと出ているだけでバスルームと部屋の仕切りドアもなく、ベッドシーツも前の人が使ったままなのでは?というくらい薄汚れていたので、別の宿に移れるのは有り難かった。

 

明日も会える目がハート

そんな刑務所みたいな部屋が気にならないくらい、満たされた気持ちで眠りにつきましたぐぅぐぅ

 

 

つっこみラジの一言

僕は君と出会ったときのことは全部はっきり覚えてるよ。

実は、僕もあのとき、過去生を思い出してたんだ! 

僕が見た映像は、君とふたり恋人同士のときだったよ。 

 

あの日、君がホテルに帰ったあと、僕はラビにこう言ったんだ。 

あの子とは長い付き合いになりそうだよって。 

旅行業をしてきて、これまでいろんな女性に会ってきたけど 君は全く違った。

今まで感じたことのない特別な感覚だった。

 

私と彼が初めて出会った日のことを書こうと思います。

 

2008年秋、私はメヘンディ(ヘナのペーストで身体にデザインを描くボディアート)とヒンディー語の勉強で、首都デリーに短期留学に来ていました。

インドに来る前から、留学の最後にはラージャスターン州(インド北西部の砂漠地帯🐪)を旅してから帰る、と決めてて。

なぜかとにかく無性に行ってみたかった。

 

実は、約2ヶ月半のインド滞在の間、不思議なことに、どこに行ってもずっと上から自分にスポットライトが当たっているような感覚がありました。

毎日が幸せで、充実していて、次々と起こるいろんな人との出会いや出来事がまた次の出会いに繋がって。とにかくインド生活が楽しくて仕方なかったですスター

トゥルーマン・ショー妄想じゃないけど、この私の日々を誰かが上から映画で撮影してるんじゃないか?と思うくらいドラマチックな毎日でした。

 

そんな中、デリーでの勉強を終えて、行きたかったラージャスターン州へ向かいました。

デリーから夜行バスに乗って。

バスの中はほとんどが男性。運よく女性がひとりいたので、その隣の席をもらえました。

バスの中では、テレビでインド映画が大音量でかかっていて、男性陣は大騒ぎ。

夜行バスってみんな寝るもんじゃないの?!

あまりにもうるさくて、車掌さんにテレビのボリュームを下げてもらえないか頼んだところ

「コットン、コットン!」と耳を指差して言われました。

うるさいなら耳に綿を詰めろてか 悲しい

ザッツ・インディア。

 

早朝にの首都ジャイプールに到着。

ほとんど眠れなかったので宿で少し仮眠してから、とりあえず市内の観光地を回ってみようと、国営バスツアーに申し込みました。

バスの出発まで30分くらいあったので、チャイでも飲みたいなぁと通りをとぼとぼ歩いていたんです。

そしたら

 

「日本人ですか?」

と、インド人が声をかけてきた。

 

こんなの全然めずらしいことじゃなくて、インドの女ひとり旅なら30mごとに誰かから声がかかるくらい、インド人は放っておいてくれない。

男性からはお金目当てかデート目当てか、はたまた何の用もなく話しかけられることはしょっちゅうで、正直うんざりしていました。

 

(また来たか)最初はそう思いました。

でも次の瞬間、私はそのインド人に「私とお茶飲みませんか」と言ってしまっていた。

わ、なんでそんなこと言っちゃった、わたし?

 

そのインド人は、「え・・・僕、誘われたの初めて・・・」

私「あの・・・私も誘ったの初めてです・・・」

 

そんなわけで、私たちは向かいにあった食堂に入って、一緒にチャイを飲みました。

彼の名前はラジ。正直、第一印象は覚えていないです・・・

でもなんだか心地よかった。

 

 

話していく中で、ラジはアーチストで、子どもに楽器を教えているってことだったので、その夜は、その音楽教室を見学させてもらうことに。

 

「じゃぁ、観光ツアーが終わる17時くらいにまたここで会おう」

「OK」

 

参加した国営ツアーが長引いて、約束の時間にかなり遅れてしまいました。

インドでは、なんだかわからんが意味不明に待たされることがよくあるせいか、インド人は待つことについては辛抱強いと思う。

ラジは文句も言わず待ってくれていました。

 

彼のバイクの後ろにまたがって、音楽教室を兼ねた彼の自宅に向かったのでした。

 

 

 

つっこみラジの一言

あの日は、僕は友達と待ち合わせしてたんだ。 

君を見かけて、日本人かなと思ったから思わず声をかけたんだよ。

お茶に誘われてびっくりしたけど、嬉しかったよ。 

 

それと、待ち合わせの時間に間に合わないと、誰かに電話を借りて連絡くれたのはびっくりしたよ。

なんて誠実な人だろうと思った。約束しても守らない人はたくさんいるからね。