月曜の朝から、教務主任にどっかーんと雷を落とされました 3104


連休前の木曜に起こった出来事に対するお小言だったのですが

どうやら、誰かがわたしの行動を、おおきくねじまげて(または、誤解して?)

大げさに、告げ口したらしく大問題になっていましたぁ・・・ ひゃ~・・・



事実関係はその通りなのですが、

わたしの意図しているところと

認識が大きくずれていて、

めちゃくちゃ嫌なやつに仕立て上げられていました。



その上、言い訳が大嫌いな教務主任は、ほとんど私に

弁解をさせてくれず一方的に、しかりつけるのです。


「スタンドプレーだ」

「保護者が怒って裁判になったら、学校側が負ける」

「非常に、みんなが迷惑している」

「出しゃばり過ぎ」

「カウンセラーのするべきことじゃない」

「ひとりの子どもと仲良くしたら、他の子が相談できない」


などなど・・・


事実と関係あることから、まったく意味不明なことまで

まくしたてるものだから、

いろいろ抵抗してみたものの

どうも、どっからの情報で

誰の不満なのかもわからず、


くやしくて、くやしくて

ぽろぽろと泣いてしまいました 泣



教務主任は、そもそも「カウンセラー」という

職業がとても嫌いで、

それは常に公言しているし


影でも、

「カウンセラーなんか、やっているやつに

ろくな奴いない」

と、よくいっているのは同僚から聞いていた。


面と向かって言われたことも

一度じゃない。


わたし、個人が嫌いなら

相性もあるし、別にしょうがないとも思うけど、


「カウンセラー」そのものの存在とか

仕事そのものに、ケチつけられても

わたし個人には、どうしようもない。


どんなに、嫌がられていようが

わたしは、その職種で採用されているからには

その仕事をしなきゃいけない。


でも、今回ばっかりは、わかってても

かなり、凹んだ しゅん


「あっちからも、こっちからも嫌われてる」

「みんな、本当は嫌がっている」

「あなたの行動で、迷惑している」


的なことを、再三にわたって言われると

落ち込む。

激しく。


つーか、みんなって誰だし。

そんなこと、確認してないでしょうが。

自分が嫌いだからって、憶測でものを言うなっての。


そんな言い方されて

前向きに、反省できる人いるのかぃ?

とりあえず、凹むでしょ。

なんのメリットがあって、そんなこと言うんだよ!!


仕事上、まずいことをしてしまったとしたら

そのことについて、注意されるのは

当然だし、真摯に受け止めねばと思うけれども


「あまり、深く子どもとかかわってほしくない」


とか


「教室に入られると本当は迷惑と思ってる」


とか


それは、私の仕事そのものを否定している訳で。


もちろん、教室に入る前に前もって

先生の承諾を得るとか

日常から、すごく重要で、

わたしはそこを一番気をつけていたし、

子どもと関わるときにも、担任の立場を

ないがしろにするようなやり方は

しないよう、気をつけていた。


絶対なんてないだろうけども

それでも、

実際に関わっていた担任の先生は

ぜったい、ぜったい、ぜったい!!

そんな風にわたしのことを思っていないのは

よく、わかっていた。

いつも、連携だけはしっかりとと思って

ことあるごとに、話をしてきていた。

バカ話から、子どものたわいない話まで

できるぐらいに、コミュニケーションとってきてたもん!



だからこそ、何も知らない教務主任に

憶測でものをいわれるのは、

本当に嫌だったし、悔しかった。


でも、そこで

「いやいや、私のほうが○○先生たちとは、

仲もよいし、信頼関係もあります」


とは、なかなか言えなぃし。


ぐっと、こらえてしまった分

涙がでてしまったのだった。

くぅぅぅぅぅぅぅ。

悔しいよぉ。



でも、わかってくれる人はいっぱい

いたから、だからいい。



子どもたちとも、気持ちつながってるし。

だから、もう少しここでがんばる。


あと、すこし・・・。



随分と、更新をしていなかった自分のブログを改めて読んでみました。



なかなか、おもしろいやんけはーと

と、思いました。


われながら、ころころとテイストというか

気分の変化が激しいような気もしましたし

恋愛話ばっかりしてたり、

妙に、哲学的な内容だったり、

仕事の話だったりと、


あっちゃこっちゃな感じは否めませんでしたが

それでも、自分のことながら、

あいかわらず、おもろいやっちゃなぁと

自分で自分のことを、ひとしきり眺めちゃいましたじっ



そうそう、最近も素敵な本に出会ったりして

また、さらにふか~く、自分というか人間を

掘り下げて思考したりしていたので

自分を客観的にみる機会が多かったのです。


なので、ブログを通して、客観的に自分を

みれて、よかったです。



最近、ひとつ強く思ったことがありまして

それは


「自分で自分をどうみるか」


という視点です。


そして、それこそが、カウンセリングの醍醐味であり

究極の答えなのです。



仕事で悩むにしても

自分の性格で悩むにしても

恋愛で悩むにしても

不登校で悩むにしても



ようは、その人がその人自身を

どう見ているか

に、かかっているといってよい。


本当に深刻な心の病の場合は

自分で自分を客観的に、かつ正確に

捉えること、見ること自体がまったく

できなくなってしまうのですけどね。


そこまで、いっていなくて

うつうつとしてしまう場合は

大方、自分で自分自身の見方を

変えるという作業が必要になってきます。


そして、自分に少しずつ「○」OK

だせるようになったら、回復の兆しなのです。



この「自分に OK をだす」という

いっけん、簡単そうにみえることが

実はなかなか、ある種の人には

難しいのです。


それは、やはり元々のもっている資質や

性格もあるし、育ってきた環境なども

あるのだろうけど、すごくすごーく

人生を生きるうえで、重要なことなんだよね~ カピバラ




あぁ、久々なので、つかれた…。

また、次回にしよう。

わたしが、もっとも怖れていることについて考えた



それは、わたしのすべてをよく表している




それは、自分を否定されること


自分の存在や考えに「No!」をつきつけられること



そう、いつだって、わたしが怖れていたのは

それだ。


仕事だって、

恋愛だって、

家族だって、

思想だって、

好みだって、


ぜーんぶ。


ものすごい、自分の意志があるのに


それを人にすすめたり

よさをわかってもらったり


そういうことに、とても臆病だった



だから、絶対、営業職だけは

どうやったって、つけないと漠然と

思っていた。



話が下手なわけじゃないし

むしろ、人に何かをわかりやすく

伝えたり、説明したりするのは

得意だ。



すべての人が

わたしの意見に同意したり

薦めたものを、手にとってくれるわけじゃない。


それは当たり前のことだ。


だけど、わたしはそれがこわい。


自分が大切に思っていればいるほど

それについて、否定されることが、 こわい。

死ぬほど、 こわい。



それが、わたしのすべてだ。


わたしの考えを支配してやまない

わたしの行動を制限してやまない


すべての根源なんだ。


否定されるくらいなら

最初から、人に薦めない。

人に、わかってくれと言わない。


そうやって、どこかで

わたしは、線をひいてしまったのかもしれない。


すべての人から

認められたいと

どこかで思っている


すべての人に

嫌われたくないと

どこかで思っている


だけど、ほんとにわかりあえるのは

そんなにたくさんいなくたって

いいのかもしれない。


すべての人に認められるなんて

ありえないし、

そんな必要もない。



それなのにね。



自分の考えをただ話したり

表現することはしても


それを認めてほしいとか

あなたはどう思うかとか


絶対聞けない。


答えをだされるのが怖いから。


No!といわれるのが怖いから。



臆病のかたまり だね。


それじゃ、だれとも

交われないし、

わかりあえやしないのに・・・。


嫌だといわれたって

別にいいのに。


すべての人に自分の考えを

納得してもらわなくたって

よいのにね。


それは、その人の領域で、

Yes か No かはその人の

判断であって、

必ずしも、自分自身が

拒否されてるわけじゃないのにね。


頭でわかってんのに

心がついてかないの


でも、いいかげん、

そういう、殻に閉じこもって

自分を守っていても

しかたないよね。


否定されたって

自分がよいと思っていることは

貫けばよいし

それを人がどう判断するかは

その人の問題なんだよ。


勇気をだせ

自分。



自分のこころは

自分でしか変えられないんだから。



そして、いつだって変えられるんだから。

自分のこころ次第で。





金曜日の昼過ぎに、急にお腹のあたりが気持ち悪くなり

きゅーんとしめつけられるように、吐き気が襲ってきました げろ・・・


ひっさびさに、変な汗がでて、トイレへ・・・。



結局、吐けなかったのですが、

次の波が来る前に、学校の保健室にかけこみました むり


あまりに、急な吐き気だったので、

食中毒??とか思ったけれど、

みんなは 元気 たいよう。



養護の先生たちが、とっても心配してくれて

暖かい部屋で、寝かせてくれました。


横になりながら、どうしたんだろうかと

考えたのですが・・・・・


わかりません。


そのうち、吐き気はおさまってきました。


しかも、今日は楽しみにしていた学校の歓迎会 beer*


無理してでも行こうかどうしようかと

さんざん迷いました。


なぜって、学校では他の教職員たちと

飲みに行く機会が、なかなかなく

それでなくても、ひとりだけ勤務時間のちがう

わたしは、みんなと交流する機会が少ないのです (´・ω・`)


だから、この最初の歓迎会は、かなり貴重なコミュニケーションの場所。


だけど、胃がまったく動いていない感じで

昼に食べた給食が、胃の中に居座って

消化されていないもよう・・・


みんなにも、


「疲れてるんだよ。」

「今日はやめておいたら、また別の日に行こうよ。」

「異動してきたばかりだからね。」

「体、弱いの?」

「今日は、早く帰りな」


などと言われ、

泣く泣く、帰ることに・・・。


あ~ぁ、きっとみんなは今日を境に

仲良くなるんだろうなぁ。

ひとりだけ、のりおくれちゃったなぁ 涙


そんなことを考えながら、家路につきました。


吐き気はなく、これなら行けたかな?

なんて、思っていましたが

帰ってくると、やっぱり疲れていて

すぐに横になってしまいました。


胃の調子も悪く、結局何も食べれずです。


その日は、都内でも雪が観測されるほど寒く

寒いと胃腸の調子が悪くなるわたしは

やっぱりなぁという思いと


それとは別に、やっぱりストレスなのかなぁと

ぼんやり考えました。


スクールカウンセラーという

必ずしも、先生たちに歓迎されない

立場で、働くということ。


カウンセラーという慣れない職種の人たちに

管理職や先生たちが、どのような思いを

もっているのか、わからないということ。


あからさまな敵意をもっている人もいれば、

何もしてくれるなと思っている人。

表面ではいい顔をしても、

いざ、自分のクラスのこどもの話となると嫌がる人。

丸投げしてくる人。


そういう、ひとりひとりの先生たちのやり方を

また一から把握しないといけないというストレス。


学校の方針の違い。


そんなんを心配性なわたしは

気にしていないつもりで、

むちゃくちゃ気にしていたのかも・・・ぐるぐる


いまだに、前の学校に戻りたいと

夜には、考えてしまうし sei


前の学校だって、いろいろやなことは

あったはずなのにね。


はぁぁ、先が思いやられるなぁ。



仕事内容そのものは

とても、自分にあってるし好きなのに、

環境がまだまだ整ってない。


それと戦っていくしかないのは

わかっているけど、ツライなぁ。



しかし、このメンタルと体の弱さは

ほんとに、なんとかしないとな くま





今日は、放課後に初カウンセリングきらきら


いつも、休み時間には大勢の子どもたちと遊んでいたのだけど

「相談」の申し込みは今日が初でした。


4年生女子2名


ともだち関係について。



うん、かわいいし、真剣だったな。



いまどきの子どもたちは、

3人で仲良くするのが難しいんだよね。


中学校でも、同じ相談がやはり女子からあったよね。



どうしても、2対1 みたいになっちゃって。


「1」になっちゃったこが、

悲しかったり不安な気持ちになっちゃうんだよねぇ akn


どの年代も同じねぇ・・・



やっぱり、コミュニケーション力の低下がからんでるのかな。


なにげ、闇が深いっすあせ




明日は、放課後にプレイセラピー ひよこ


なにして、あそぼかな にぱっ☆



ほんとに、どうしてだろぅ


小学校に行くのが嫌というわけじゃないのに

どうしてか、新しい職場に行くことに

不安感がある・・・


今まで体験したことのない気持ちに

とまどっている



わたし、ほんとに気が弱くなっちゃったのかな


つかれてるのかな



相変わらず、物忘れというか

記憶も、たまにすっとんじゃうしな・・・


すっごい饒舌で強気な一面が

でてくるときもあるけど

家に帰って、ひとりになって

明日の仕事のことを考えると

不安になっちゃう


そしてそういう自分につかれちゃう



自分はいったいどうしちゃったんだろうか どうしよう…




明日からいよいよ新しい職場です ドキドキ


いつになく、緊張というか心細い気持ちです



わたしは、新しい職場や新しい場所で

働くことに今まで、ためらいなどなく

むしろ、わくわくした気持ちをもつことが

多かった・・・



でも、自分のことながら、よく考えると

それってすごい強気だったよね。



いくつもの職場を後にし

いくつもの職場と対面してきて


だけど、いつもそれは前向きなもので

自分が願って新しい職場に移ってたから

ちっとも、怖くなかった


だけど、今回はなぜだろう・・・


なぜか、どきどきするんだ

どうしよう、って気持ちがなぜかしら強い



うーん、年かねぇ。


変化を好まず、刺激を好まなくなっていくのが

年を重ねることなのだと、どこかで読んだこと

あったな。



今までいい年して、変化を恐れない

好奇心旺盛すぎるところがあったからなぁ・・・


もしかして、これが ”フツウ” なのか エヘ




とりあえず、明日からは小学校勤務です ひよこ


ひぇぇ~、2000年代生まれとか びっくり

いちゃう感じ?

どんだけの年の差だよっ ぁ


ってか、ついに本気で親と同年代もしくは

年下の夫婦とかなのかなぁ。


それはそれでやりやすいのか?


むむぅ、ケセラセラ だな 太陽

昨日は、3月31日


中学校での最後の勤務


離任式に出席しました 涙


最後に、泣いて別れを惜しんでくれる生徒あり

笑って、手紙をくれる生徒あり


本当に2年という短い期間だったけど

やってきてよかったと思いました。




そして、夜は盛大な送別会 beer*



今回、離任する先生ひとりひとりに花束贈呈と

見送る職員から代表メッセージがありました。


わたしに花束とメッセージをくれる相手は

今年、初任で入ってきたイケメン先生でした 花束


イケメン先生とは、彼が担任するクラスの

長期不登校生徒(Aくん)を一緒に見てきた仲で

最近になって、わたしもAくんと仲良くなり

これからもっと関係を築いていこうと思っていた一人でした。


その矢先にわたしの異動が決まり、

Aくんの今後を見守っていけないことを

わたしもとても残念に思っていました。


でも、わたしが関わったのはほんの数回話したのと

彼の得意なイラストを描いてもらうことだけで

ほとんどのことはイケメン先生のがんばりに

よるものだったので、きっと大丈夫だろうと思っていました。



ところが、わたしに花束を渡すときに

イケメン先生はとてもとてもステキな言葉をわたしにくれたのです。


「僕は、今年初めてこちらに来て

カウンセラーのSapri先生(わたし)と会いました。

自分が中学生のときも、カウンセラーの先生はいたけど

ほとんどかかわりがなく、自分が教員になってからも

とくに、自分とは関係ないと思っていました。


だけど、自分のクラスに不登校生徒がでてきたとき

Sapri先生は授業を見学しに来てくれたり

クラスの生徒とどんどん交流してくれたりして

自分も徐々にSapri先生と話したり、相談するようなりました。


そして、不登校だったAくんが少しずつ、

放課後に登校するようになったときも

Sapri先生は積極的にAくんと関わってくれました。


そのうち、AくんはSapri先生に自分の好きなイラストを

書いて渡すようになったんです。


実は、Aくんはイラストを友人からけなされたことが

きっかけで不登校になった生徒でした。

だから、Aくんが再びイラストをあんなに

うれしそうに書くようになったのはすごいことだし、

彼の人生にとってすごく大きな意味があると思う。


自分はそういう関わり方をAくんには

できなかったから、Sapri先生はすごいなと思いました。


そして、これからもSapri先生と一緒に相談しながら、

Aくんのことを見ていけると思っていたので、

突然の異動で、それができなくなるのは

本当にツライです・・・。」 泣き3



そういって、イケメン先生は泣いてくれたのです。


はっきりいって、すごいうれしかったです きゃー


それは、イケメン先生がわたしとの別れを

惜しんでくれたからではなく、


わたしの仕事ぶりをきちんと見て

カウンセラーの必要性を認めてくれたこと

カウンセラーとして、本当に、本当に

すごくうれしかったんです 嬉



スクールカウンセラーの仕事というのは、

どんなに生徒のためにつくして、

生徒が心を開いてくれても、

それについて、担任から感謝されないばかりか

むしろ、煙たがられることが多いのです。


なぜなら、

担任として、理由はどうあれ

自分のクラスから不登校や問題のある生徒がでたこと、

そして、それを自分ひとりの力で解決できないことに

劣等感を感じ、恥ずかしいこととして、考える人が

多いからです。


教員をやっていたわたしとしては、

その気持ちもわからないでもないですが、

それは、いってみれば

教員の「思い上がり」であり

無駄なプライドと言うより他ありません。


大切なのは、”誰が” その子を救えたかではなく

”その子が” 救われたかどうかなのです。


誰のどんなきっかけで、その子の心が

開かれるかはわかりません。

愛情の問題でも、技術の問題だけでもありません。


だから、それが担任じゃなくたって

カウンセラーじゃなくたって

親じゃなくたっていいんです。


周りの大人のどんな言葉よりも

友だちのひとことの方が

劇的な効果を生むことだってたくさんあります。


それを担任が恥ずかしいと

思う必要はないんです。

むしろ、あらゆる方策を考え、試して

その子どもにいろんなチャンスを与えることが、

担任として必要な考え・行動なのだとわたしは思います。



だからこそ、いろんな人間が学校には

必要で、カウンセラーもその一人なんです。

万能じゃありません。



わたしは、それをイケメン先生は

初任であったことと、持ち前の素直な気持ちで、

認めてくれたんだなと思って、

本当にうれしかったし

何より、職員全員の前で、そういう話を

しれくれたことに、ありがたいなと思ったんです。


まだまだ、カウンセラーの存在意義に

首をひねる先生たちは多いのが現状ですから・・・はぁ↓↓


それを少しでも、意味のあるものだと

声をあげてくれる人がいることで

学校全体のカウンセラーに対する

認識は変わっていきます。



だから、

いろんな意味でありがとう ぽっ イケメン先生



そしてサヨナラ、中学校生活 う~バイバイ







わたしが、ブログを始めて一年がたってたんですね。

半年くらい、なにも書けてなかった。



でも、ここに来てかなりの激震がまたわたしをおそっている



3年生が卒業する3ヶ月前くらいから

めちゃくちゃ仲良くなって

本当にみんなが卒業するのがさみしくて。

でも、また卒業した生徒たちが

わたしの部屋(カウセリングルーム)に

笑顔であつまってくれるのが楽しみで楽しみで にこ

きっと、4月からの一年は楽しい一年になりそうだとわくわくしていた。


この学校で、3年目を迎えて

じっくり仕事に取り組めると思っていた。


仲のよい先生たちも、みんな異動なし。

ちょっとスキで、仲良くなりかけてる先生もいた。



それなのに、それなのに。


また運命はわたしにいたずらをするんだね。



最終出勤日に何の前触れもなく

「異動」の通達。


それはあんまりじゃない?

やっと慣れてきたところだし

通常、わたしの職種は3~4年は異動なし

みんな今までそうやって、やってきたじゃん。


なんで、わたしは2年で異動なの?


これからまだまだ話を聞いてあげたい

生徒がいたのに。

わたしに心を開いてくれてる生徒が

いたのに。



でも、いいよ。

今までだってそうだったように


サヨナラはいつも突然なんだよね。


しあわせって、手にいれたと思った瞬間に

手のひらから、サラサラと落ちていく砂のように

つかまえようとすればするほど、逃げていって。


二度と戻らないんだ。


だから、静かに受入れるよ。


理由も聞かないよ。


大丈夫。


きっと、この大きな波も

そのうちに、乗りこなせるようになる。



花に嵐のたとえもあるさ

サヨナラだけが人生だ 桜咲く


さいきん、いやここ1ヶ月くらい


どうしてか、時間の流れがゆっくりとしている



1週間まえのことが、1ヶ月くらいに感じたり


週末になって、月曜日のことを思うと


すごく、遠い昔のように感じる



1週間が長い。


でも、けして1日が長いわけじゃない。


1日はあっという間に、終わりを迎える。



なのに、なんでだろ。



いろんな予定があって充実しているから


というのではない。



どちらかというと、


いろいろなことを考えているせいだろうと思う。



1週間前に、いろいろ考えてたことと


今週になって、考えたり、想像したりてしていること


全然違ったり、忘れたり、


そんなことをしていると


先週のことが、遠い昔に考えてたことのような気がする。




これは、やっぱり最近、記憶とか


もの忘れとか、認知面に不安があることと


関係あるんだろうか・・・。



自分は、本気で「若年性アルツハイマー」に


なったんじゃないかと調べたりしたけど


最近では、それも億劫になって。



なんとなく、ぼんやりと生きているような


気もする。



ちょっと、やっぱり不安だなぁ。



ちょっと、頭が痛いのも気になるな。