湖(ウミ)の向こうに住んでます|嶋口(溝井)佐知子 -2ページ目

湖(ウミ)の向こうに住んでます|嶋口(溝井)佐知子

さちこ|
からだ作りインストラクター|
生涯サイクリスト×びわいち情報発信

40代からのからだ作りサポート情報やびわいち周辺のお店情報を発信しています^_^

はじめましての方もパー
第1章から読んで頂いてる方もパー

滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ





これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ



第3弾はこちら↓↓↓



40代に突入しての

生活とからだの変化の葛藤



今回は、そんなお話しですパー


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38歳で妊娠&出産を機に

生活リズムや運動頻度·強度の変化とともに

体型も変化していきました。



妊娠時はもちろんハードな運動は禁止バツレッド

安定期に入るまでのつわりがひどく

食べても吐くの繰り返し。

食べれない状態が長く続き

点滴を打つほど衰弱していた時期もありました。


そのつわりは、安定期に入ってからも続き

結局、出産直前までつわりがおさまらず

運動といっても軽い散歩か

家でやるマタニティヨガのみしかできずじまい驚き


出産後も

あたり前ですが

自分より子ども中心の生活になり

それに振り回されるので

からだを動かす時間をなかなか確保できない💦💦


なんとか周囲の協力を得て

気分転換にとサイクリングの時間を

確保できたとしても

思うような速さで走ることができないストレスで

余計にイライラしちゃったり

翌日には全身筋肉痛にみまわれたりと

運動をして得るメリットより

デメリットの方が多いんじゃない!?

と思えてくるほど。


からだを1日中動かすことが

日常だった生活から一転していきました。



それが40代前半のことパー

この頃から

今までと同じ食事内容や量だと

胃の中に食べものがずっと残ってる感じに

なることが増えてきた。

それと同時にちょっとずつ太ってきているな

とも感じるようになってきました。


もともと細かったから

最初のうちは

ちょっと脂肪がついたかな!?

ってくらいで危機感はない状態でした。



というか

見ないふりをしていて

いつでも

どうにかなるパー何とかなるパー

って

心のどこかで常に思っていた。



だけど

45歳を超えて、いよいよアラフィフ突入か!?

というあたりから

何をしていなくても

1歳を重ねるごとに1kg増えるという

謎のルールが発動しガーン


追い打ちをかけるように

空気を吸うだけでも太る感覚が拭えなく(笑)



食べても太る

食べなくても太る


「年齢のせい」と言われれば

その通りなんだろうけど

でも、だからといって諦められるほど

聞き分けがよいわけではなくニヤリ


「歳だから仕方がない」

という言葉にあらがいたくて


運動量を増やしても

運動負荷を増やしても

いっこうに落ちる気配のない脂肪


じゃ〜と、私が考えうる

食事内容の変更や

食べる量を減らしてみても…結果は同じ


増えていく体重上矢印上矢印



他人にはいくらでもアドバイスができるのに

自分のことになると全く歯が立たない現状に

もう、どうしていいのかわからなくなった悲しい




鏡に映る自分の顔は

丸みがあって実年齢より

相当若く見られるのが唯一の救いキラキラ


でも視線を下にずらすと

そこにあるのは重力に負けた

胸やお尻、お腹まわりのぜい肉



これが…オバサン体形、なのかぁ〜

そう思った瞬間

急に下がる自己肯定感ネガティブ


人に見られたくない!

と思うも

でも仕事上

人前に立たなければいけない



髪をカットしたり

メイクをちょっと変えたり

痩せた時などの気分が上がりそうな変化の

周りの反応はめちゃくちゃ遅いのに

太ってきたという反応は

私が気づく前に言われるほど速く


“最近太った!?


という言葉に

冗談まじりで明るく返答するけど

他人がパッと見てわかるくらい

体形変わったんだと思うと

ショックが大きかった絶望



この頃から

洋服の選ぶ基準が

好きなデザインのものを楽しむ

から

いかにどうやって体型を隠そうか

という着痩せ重視に変化していきました。



ダボっとした服を選ぶことが多くなったし

丈の長さも1mm単位で気になるし

パンツのお尻ラインも気にする


試着室に大量に持ち込んでも

気にいったサイズのものが見つからず

ほとんど購入にはいたらないことが多くなった



年々

今まで着ていた服が

だんだんとピチピチになってきて

Tシャツだけを着れば

ブラジャーのラインに

背中のぜい肉が乗っているのが

ハッキリとわかる不安



でも

サイズUPだけは絶対にしたくないという

プライドだけは譲れなかった。




この状態がずっと続くんだ

これが当たり前なんだ

これが歳を重ねるってことなんだ


と、受け入れようとしている

自分がいるのと同時に


体形に合わせて服を選ぶんじゃなくて

着たい服を着たい!!

鏡を横から見たときにお腹が出てない

体になりたい!!

肩甲骨がハッキリと見える背中になりたい!!



という願望を捨てきれてない自分がいることに

気がつきましたニコニコ


まだ私は大丈夫と思えた瞬間でしたおねがい


はじめましての方もパー
第1章から読んで頂いてる方もパー

滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ




これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ



第2弾はこちら↓↓↓





気づけば

私の人生はいつも
“直感”だけで進んできたように思いますチュー

今回は、そんなお話しですパー



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高校〜専門学校時代に

運動を全くしてこなかった反動か

20代半ばから

エアロビクスだけに飽き足らず

競技エアロビックに興味を持ち

レギュラーレッスンを抱えながらも

仲間が立ち上げたエアロビックサークルでの

週2〜3回の練習の日々。


プッシュアップにジャンプやターン、ハイキック···


毎日1日中からだを酷使する生活なので

食べてないと痩せていく。


深夜の焼き肉焼肉やラーメンラーメン

大量のおやつピンクドーナツやジャンクフード。


栄養を摂るというより

何でもいいからお腹を満たす為に

食べていた。



太るって何のこと!?

っていう

本当に何でも許されている30代前半

を過ごしました口笛



毎日毎日からだを酷使し

脱臼や捻挫もそこそこの重症病院でなければ

驚かなくなっているのが

日常となりつつあったのですが

ルールの大幅変更で

更に過酷な動きに

対応しなくてはいけなくなることに

年齢的に限界を感じて

35歳で競技エアロビックを引退日本国旗



何年も何年も

強度な運動を毎日続けていたのが

引退と共にパッタリなくなり


急激な運動減少に危機感を覚えて


・マラソン

・水泳浮き輪

・ロードバイク(自転車)自転車

・テニステニス


この中のひとつを趣味にしようと選んだのが






ロードバイク自転車でした



なぜだと思いますはてなマークはてなマークはてなマーク



マラソン→膝を痛めそう

水泳→近くにプールがなかった

テニス→ひとりではできない

ロードバイク→膝に優しい、1人でもできる



ここでもまた安易な理由で

ロードバイクを選び

ひとりでどこへでも行け

風や景色を楽しむことができる

この乗り物の魅力に

とりつかれていきました



最初は

5kmも走りに行けたことに喜び

次に

1時間走り続けられた自分を褒め

更に

サイクリングイベントに参加し

時間内にゴールできたことを嬉しく思えたり

徐々にに成長できている自分が

誇らしく感じられましたキラキラ




ほどなく

すぐに知り合った(後の)だんなさんが

友人同士で立ち上げた

アマチュアの自転車チームに

所属していたこともあり

ロードバイクにも

競技の世界があることを知って

気軽な気持ちで参戦してみたら



負けず嫌いに火がつき

レース初優勝スター


参加するレース全て入賞するなど

楽しいなかに名を残せていくという世界に

どっぷりとハマっていきましたニコニコ


はじめましての方もパー
前から知ってるよぉ〜って方もパー


滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ




これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ


第1弾はこちら↓↓↓




前回は、

インストラクターを目指すきっかけまで。


今回は、その続きです。



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バブル崩壊後の

就職氷河期と呼ばれる時代


ホテル関係の仕事につきたくて

専門学校で学び

不採用通知ばかり受け取りすぎて

心が闇だし

ここがダメだったら就職浪人か!?

という瀬戸際の

やっとの思いで就職できた職場は


分煙なんてない

昭和文化が色濃く残るところで

タバコの煙の

あの独特な匂いが堪えられないのに

プカプカと吸う上司と一緒に

毎日毎日一緒に休憩をとらなければいけなく

更に飲めないコーヒーをも飲まされる。


仕事の内容より

からだに対して悪影響な

自分では解決できない環境に

それがストレスになり病んでしまい

数ヶ月で離脱悲しい


(今の時代なら、

分煙はもちろんのこと

社内の相談窓口もあって、

こうにはならなかっただろうなぁ〜とは

思います)


社会に出た
まず一歩目でつまずいてしまった私。

だけど、収入を得て
生活していかなければいけない!!

就職が困難なら

これからの時代

手に職をつけて働く道もあるのではないか!?

と思っていたところへの

エアロビクスインストラクターの勧誘でした。


エアロビクスインストラクター

養成講座では

なんでもそつなくこなせちゃうタイプを

遺憾なく発揮し(笑)

可もなく不可もなく普通に修了。


“インストラクターは

なってからが本当の勝負!!


という講師が常に言っていた言葉通り


まず仕事探し。


インターネットがない時代

電話帳で調べたスポーツクラブへの売り込み。


養成講座を出たばかりの新人に

実績なんてひとつもない。


レギュラーではないが

運良く代行という形で

単発でレッスンができても


参加者からすれば

インストラクターは

インストラクターであって

指導がヘタで失敗しても

新人だからと許されることはなく

クレームの嵐にあい続けていました。


何度も何度も

心折れそうになったけど

自分に足りないことを

教えてもらえてると思って

割り切るしかない。



怒られてると思うとイヤだけど

教えてもらってると思うと素直に

クレームを受け取れた照れ


そう思えてからはこちらから積極的に

言ってきた人に聞いてみたパー


「何がダメでしたか?」

「どうしたらいいですか?」


そうしたら

私の親世代の参加者達は

成長を見守る母のような気持ちで

ちゃんと何がダメだったか教えてくれる。


クレームを言う人が

決して怖くて悪い人じゃないことに

気がついてきました。




安直な理由で

インストラクターになった私ですが

なったからには

大勢の人に健康になる為の運動として

エアロビクスに楽しく取り組んで

ほしい想いを伝えることが

私ならできると信じて


ひとつひとつの課題をこなしているうちに

信頼を積み重ねていくことができ

レギュラーレッスンの獲得

他施設への仕事の依頼など

どんどんインストラクターとして

人気を獲得していき


その当時

登竜門だと言われていた

サバイバルエアロビクスという大会で

インストラクター部門優勝を

獲得することができましたキラキラ


やっと、形に残せるようになったことで

この道を選んで良かったと思える

瞬間のひとつでしたニコニコ