湖(ウミ)の向こうに住んでます|嶋口(溝井)佐知子 -2ページ目

湖(ウミ)の向こうに住んでます|嶋口(溝井)佐知子

さちこ|
からだ作りインストラクター|
生涯サイクリスト×びわいち情報発信

40代からのからだ作りサポート情報やびわいち周辺のお店情報を発信しています^_^

はじめましての方もパー
第1章から読んで頂いてる方もパー

滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ




これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ



第2弾はこちら↓↓↓





気づけば

私の人生はいつも
“直感”だけで進んできたように思いますチュー

今回は、そんなお話しですパー



――――――――――――――――――――――――――――




高校〜専門学校時代に

運動を全くしてこなかった反動か

20代半ばから

エアロビクスだけに飽き足らず

競技エアロビックに興味を持ち

レギュラーレッスンを抱えながらも

仲間が立ち上げたエアロビックサークルでの

週2〜3回の練習の日々。


プッシュアップにジャンプやターン、ハイキック···


毎日1日中からだを酷使する生活なので

食べてないと痩せていく。


深夜の焼き肉焼肉やラーメンラーメン

大量のおやつピンクドーナツやジャンクフード。


栄養を摂るというより

何でもいいからお腹を満たす為に

食べていた。



太るって何のこと!?

っていう

本当に何でも許されている30代前半

を過ごしました口笛



毎日毎日からだを酷使し

脱臼や捻挫もそこそこの重症病院でなければ

驚かなくなっているのが

日常となりつつあったのですが

ルールの大幅変更で

更に過酷な動きに

対応しなくてはいけなくなることに

年齢的に限界を感じて

35歳で競技エアロビックを引退日本国旗



何年も何年も

強度な運動を毎日続けていたのが

引退と共にパッタリなくなり


急激な運動減少に危機感を覚えて


・マラソン

・水泳浮き輪

・ロードバイク(自転車)自転車

・テニステニス


この中のひとつを趣味にしようと選んだのが






ロードバイク自転車でした



なぜだと思いますはてなマークはてなマークはてなマーク



マラソン→膝を痛めそう

水泳→近くにプールがなかった

テニス→ひとりではできない

ロードバイク→膝に優しい、1人でもできる



ここでもまた安易な理由で

ロードバイクを選び

ひとりでどこへでも行け

風や景色を楽しむことができる

この乗り物の魅力に

とりつかれていきました



最初は

5kmも走りに行けたことに喜び

次に

1時間走り続けられた自分を褒め

更に

サイクリングイベントに参加し

時間内にゴールできたことを嬉しく思えたり

徐々にに成長できている自分が

誇らしく感じられましたキラキラ




ほどなく

すぐに知り合った(後の)だんなさんが

友人同士で立ち上げた

アマチュアの自転車チームに

所属していたこともあり

ロードバイクにも

競技の世界があることを知って

気軽な気持ちで参戦してみたら



負けず嫌いに火がつき

レース初優勝スター


参加するレース全て入賞するなど

楽しいなかに名を残せていくという世界に

どっぷりとハマっていきましたニコニコ


はじめましての方もパー
前から知ってるよぉ〜って方もパー


滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ




これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ


第1弾はこちら↓↓↓




前回は、

インストラクターを目指すきっかけまで。


今回は、その続きです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






バブル崩壊後の

就職氷河期と呼ばれる時代


ホテル関係の仕事につきたくて

専門学校で学び

不採用通知ばかり受け取りすぎて

心が闇だし

ここがダメだったら就職浪人か!?

という瀬戸際の

やっとの思いで就職できた職場は


分煙なんてない

昭和文化が色濃く残るところで

タバコの煙の

あの独特な匂いが堪えられないのに

プカプカと吸う上司と一緒に

毎日毎日一緒に休憩をとらなければいけなく

更に飲めないコーヒーをも飲まされる。


仕事の内容より

からだに対して悪影響な

自分では解決できない環境に

それがストレスになり病んでしまい

数ヶ月で離脱悲しい


(今の時代なら、

分煙はもちろんのこと

社内の相談窓口もあって、

こうにはならなかっただろうなぁ〜とは

思います)


社会に出た
まず一歩目でつまずいてしまった私。

だけど、収入を得て
生活していかなければいけない!!

就職が困難なら

これからの時代

手に職をつけて働く道もあるのではないか!?

と思っていたところへの

エアロビクスインストラクターの勧誘でした。


エアロビクスインストラクター

養成講座では

なんでもそつなくこなせちゃうタイプを

遺憾なく発揮し(笑)

可もなく不可もなく普通に修了。


“インストラクターは

なってからが本当の勝負!!


という講師が常に言っていた言葉通り


まず仕事探し。


インターネットがない時代

電話帳で調べたスポーツクラブへの売り込み。


養成講座を出たばかりの新人に

実績なんてひとつもない。


レギュラーではないが

運良く代行という形で

単発でレッスンができても


参加者からすれば

インストラクターは

インストラクターであって

指導がヘタで失敗しても

新人だからと許されることはなく

クレームの嵐にあい続けていました。


何度も何度も

心折れそうになったけど

自分に足りないことを

教えてもらえてると思って

割り切るしかない。



怒られてると思うとイヤだけど

教えてもらってると思うと素直に

クレームを受け取れた照れ


そう思えてからはこちらから積極的に

言ってきた人に聞いてみたパー


「何がダメでしたか?」

「どうしたらいいですか?」


そうしたら

私の親世代の参加者達は

成長を見守る母のような気持ちで

ちゃんと何がダメだったか教えてくれる。


クレームを言う人が

決して怖くて悪い人じゃないことに

気がついてきました。




安直な理由で

インストラクターになった私ですが

なったからには

大勢の人に健康になる為の運動として

エアロビクスに楽しく取り組んで

ほしい想いを伝えることが

私ならできると信じて


ひとつひとつの課題をこなしているうちに

信頼を積み重ねていくことができ

レギュラーレッスンの獲得

他施設への仕事の依頼など

どんどんインストラクターとして

人気を獲得していき


その当時

登竜門だと言われていた

サバイバルエアロビクスという大会で

インストラクター部門優勝を

獲得することができましたキラキラ


やっと、形に残せるようになったことで

この道を選んで良かったと思える

瞬間のひとつでしたニコニコ



はじめましての方もパー
前から知ってるよぉ〜って方もパー


滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ




50歳を少し過ぎて(笑)


これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ


今まで誰にも伝えてこなかったストーリー


ここに綴ったのは

私の歩いてきた道のりそのもの。


 頑張ったことも、

つまずいたことも、

夢中になった瞬間も。


 もしよかったら、

複数回に渡って投稿するストーリーを

どうぞ読んでみてください。


 そんな時間を少しだけいただけたら

とても嬉しいですおねがい



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




私は、もともとぽっちゃりで

食べたら食べた分だけ太ります。



絶対にウソッ!!


と、よく言われますが、

それは腕や脚など見える部分が細いだけ。


胴体にはしっかり脂肪を蓄えている

寸胴タイプなのですガーン



小〜中学校、高校は女子校という

体型で誰かと比べられることが少なかった。


食べざかりな時期なので早弁はあたり前。

もちろんお昼ごはん時には

すでにお腹が減ってるので

食堂や売店で買い足し。

放課後はカフェやパン屋に寄り道と。


食べたいものを

食べたいだけ素直に食べていました。



それがあたり前だと過ごしていた

高校を卒業後


周りの学友の

からだへの関心の高さに驚愕びっくり


スタイルの良さもそうだけど

美そのものの追求度や

次から次へと紹介される

流行りのダイエット法を

すぐに試している姿を目にしてから

自分の姿を冷静に見つめると


「なんて怠惰なからだなんだ!


と急に恥ずかしくなって

何とかしなくっちゃと思うようになった

瞬間でした。



思った次の日には

当時月額1万円以上して

決して気軽とは言い難かった

スポーツクラブに入会パー


中学以来運動らしい運動をしていなかった

からだには刺激が強かった驚き


それでも、週3〜4回はコツコツと通い

筋トレとエアロバイクのみしかしてなくても

体重がスルスルと減少🎵



からだも軽くなったことだし

さらに痩せれそうOK

今ならできそうOK

と思ってやり始めたのが

“エアロビクス”

でした。


これが
“私”と“エアロビクス”
との出会いスター

この時は

まさか

“エアロビクス”

を職業にするなんて

これっぽっちも思ってなかったし

競技にも足を踏み入れ

更に25年も続けることになるとは···

の出会いとなりました。




スポーツクラブ入会から

少し経った頃

世の中全体のエアロビクスブームと重なり

スポーツクラブに通うことが急に

ステータスから一般的に変わり始めました。


どんどん増える入会者上矢印


ブームにもあやかって

エアロビクスをやりたい参加者も

どんどんダルマ式に増えていく上矢印上矢印


危機管理なんてない時代

人数制限なんてなんのこと!?!?


あきらかにキャパオーバーなスタジオで

動くエアロビクスのクラス。


こうなると、しっかりと大きく動けないし

隣の人と当たることもしばしばなので

ストレスが貯まる。

楽しみたいのに楽しめない。


その時にふっと


“インストラクターになれば

1番前でスペースを最大限使って

大きく動けるかもキラキラ


と、安易な発想が頭に浮かび


ちょうどたまたま、タイミング良く

憧れていたインストラクターに

養成講座を受けてみない!?

と誘われたこともあり

インストラクターを目指すことに

なったのでした。