湖(ウミ)の向こうに住んでます|嶋口(溝井)佐知子

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さちこ|
からだ作りインストラクター|
生涯サイクリスト×びわいち情報発信

40代からのからだ作りサポート情報やびわいち周辺のお店情報を発信しています^_^

Myストーリーは少しお休みして

2年ぶりにエントリーした

第13回守山野洲川クリテリウム C4Wのレポをパー


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昨年は

レース参戦よりも

大阪・関西万博に全振りしていたこともあり

レースは久しぶり。


とはいえ最近は

年に1〜2回しか出ておらず

からだもとっくにレース感覚を忘れている状態😂


さらにこの冬は

起き上がれなくてもおかしくないほどの 

ぎっくり腰を何度も繰り返していました。


安静にすればいいかといえば

筋肉が異常に固まってしまい辛い。 

動けばいいかといえば

これもまた動いた後のダメージが半端ない。

 

ストレッチをしていても

寝つけないほどの激痛を伴う日もありました😭 


さらに言えば

レース用の自転車は 

かなり攻めたセッティングにしているため 

からだへの負担も尋常ではなく…💦 

レース2週間前から慣らしで乗り始めたことで

これまで経験したことがないほどの

腰の激痛に見舞われてしまいました。

 

そんな状態もあり

「からだに負担をかけないこと」

が、今回のレースの第一条件に。 


とはいえ 

「1位を取りたい!!」


という気持ちは強く 

スタート前の自分は

負けたくない気持ち一色だったと思います。 


そしてスタート。

やはり、思うようにからだが動かない。 

踏んで進むことができず

なんとか回して進むものの

それだけでは対応できないスピード域へと

すぐに上がっていきました。 

想像以上に、しっかり走れる選手ばかり。 


4周回のうち、1周目後半には

すでに付いていけなくなり、

私のレースはここで実質終了不安


それでも

自分にだけは絶対に負けたくない!!

その一心で

最後まで全力を出し切り

ゴールまで走り切りました。






 結果は4位🇯🇵 





応援に来てくれていただんなさんからも

「めちゃくちゃ腰をかばった乗り方してたな。 

全然姿勢が違う!!」 

と言われるほどの、へっぴり腰😂 




↑参考に2年前の私


腰の使い方がまったく違う…💦💦 



でも

今の実力を身をもって知ることができたし

まだまだ伸びしろだらけの私パー


今年のメインレースに向けて

ここから徐々に

調子を上げていきたいと思います照れ 



はじめましての方もパー
第1章から読んで頂いてる方もパー

滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ












これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ



第5弾はこちら↓↓↓



今回は、私の主な戦績を綴ってみました



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2011年

・比叡山ヒルクライム大会  3位

・第28回シマノ鈴鹿ロード

チームTTレディース  3位


2013年

・ワールドサイクルカップ2013

タイムトライアル女性&C5W    優勝

・第30回シマノ鈴鹿ロード

チームTTレディース  2位

2時間エンデューロレディース  優勝


2014年

・第5回スズカ8時間エンデューロ春sp

4時間男女混合  優勝

・ワールドサイクル&ベックオンカップ2014 

トロッフェバラツキII 女性  優勝

・Vittoriaクリテリウム2014

C4W  2位

・ツールド・おきなわ2014 

市民レディースレース50km  8位


2015年

・ワールドサイクル&ベックオンカップ2015

トロッフェバラツキII 女性  2位

・第32回シマノ鈴鹿ロード

チームTTレディース  優勝

2時間エンデューロレディース  優勝

・カーフマンジャパン東海

ステージ ビギナークラス 優勝

2016年

・ワールドサイクル&ベックオンカップ2016

トロッフェバラツキII 女性  優勝

・第4回守山野洲川クリテリウム C3W 2位

・第33回シマノ鈴鹿ロード

チームTTレディース2位


2017年

・ワールドサイクル&ベックオンカップ2017

トロッフェバラツキII 女性  優勝

・第34回シマノ鈴鹿ロード

2時間エンデューロレディース  2位


2018年

・第6回守山野洲川クリテリウム

トロッフェバラツキ女子  2位

・第35回シマノ鈴鹿ロード

チームTTレディース  3位




ざっと挙げただけでも

成果を出してたなぁ〜って思う。


この中で1番の思い出は

2015年シマノ鈴鹿ロードで女性チーム部門での

W優勝をもぎ取れたことパー


個々が強いのはもちろんのことだけど

メンタルでも

仲間の意識が同じ熱量だったから

成し遂げられたこと。


1人でも、

"ま、順位なんてどうでもいいや"

なんて軽い気持ちでいたら

絶対にこの結果には至らなかったはず。


練習の時から

同じ想いを紡いでいたいたからこその

結果だと思っていますニコニコ




結果が出続けていた最後の2018年で44歳。


やはり、更年期と呼ばれる45歳以降は

疲れがとれにくくなったり

闘争心が少しずつ薄れてきて

レース自体へのエントリーも数が減ったし

出たとしても

なかなか結果が出にくくなった驚き


年齢のせいにはしたくはないが

こうやって成績を書き出したら

からだや気持ちの変化が

この辺りから起こったのは

間違いないのだろうと思います。


更年期おそるべしガーン



(出産前の貴重な姿)



はじめましての方もパー
第1章から読んで頂いてる方もパー

滋賀県LOVEラブラブ
からだ作りインストラクターのさちこですニコニコ







これまでの私、そしてこれからの私。 


そのどちらも知ってもらえたら嬉しい🎵

そんな想いで

Myストーリーを書こうと決心して

書きました照れ



第4弾はこちら↓↓↓



今回は、少し時間をさかのぼって

ロードレースにどっぷりな頃のおはなしです


―――――――――――――――――――――――――――――



ロードレースというものが
どういうふうに成り立っているのか
いまいちルールも完全に把握してないままに
レース参戦をしていた私口笛

今考えれば、
優勝もあったんじゃないかと思われる
もったいないレースが2つあります。

ひとつは
2008年12月に初レース初優勝した翌年
2009年4月の
第2回パナソニックヒルクライムin伊吹山ドライブウェイ


ヒルクライム初挑戦自転車
そして、自転車レースはまだ2戦目。

その頃の私は
レース=楽しいイベント
くらいにしか思っていなくて
タイムや順位なんてまったく気にしていない
ある意味ピュアピュアで呑気な選手でした😅 

スタートは20〜30名ずつのウェーブ方式

「まぁ、みんなについていけば何とかなるでしょ」
そんな軽い気持ちでスタートラインを切ると

あれ?
私が一番前にいる…? 

気づけば後ろには誰もいない💦 

え、みんななんでゆっくりなの…⁈
私、このまま走っててもいいの…⁈

そんな不安と困惑が入り混じったまま
ひとりぼっちで上っていくことに。 

でも、すぐに
少し先には先にスタートした人たちの姿が!

この人たちと一緒に行けるぅ〜キラキラ
そう思って追いつくけど、またすぐにいなくなる。

私はただ誰かと一緒に走りたいだけなのに悲しい

横に並んで 
「一緒に頑張りましょう!!」
と声をかけても、
完全に無視😂

今ならわかる。
相手は本気のレースモード。
そこへ、息ひとつ乱れずスイスイ走ってくる奴が 急にやってきたと思ったら話しかけてきて。
そりゃ無視するわな🤣 

それでも私はマイペース。 
気づけばどんどんと抜かしていく。
それがどういう事なのか
全く理解をしませんでした。
 
そして、初めて見た森林限界
木がなくなり、見たことのない
壮大な景色に
疲れはどこかへ消えて、ただ前を走るのみパー

ゴールが近づくと
コースの両側にはたくさんの応援の人たち
全然知らない人の応援の声が嬉しくて
思わず手を振り続けて
もはやパレードラン状態で走る😆

そして気づいたらゴール 🇯🇵 
しかも 9位入賞✨ 

あまりの結果に
もっと真剣に走ってたら
表彰台いけたのでは!?
と頭の中をよぎり 
レースで真剣に走る気持ちが
芽生えたのでした。



もうひとつは
自転車ホビーレース最高峰と呼ばれる
2009年のツールド沖縄
市民レディース50km

沖縄で結婚式を挙げたい!!

じゃ〜、どうせならツールド沖縄を走って

結婚式もしちゃおうOK

そんな勢いで日程を決めた

2009年のツールド沖縄 市民レディース50km。


当時の私は

まだ超入門クラスの自転車に乗り

レース経験も片手で数えられるほど。 

そんな私が

いきなり250名規模の大レースに挑むのは

今思えば、なかなかのチャレンジでした。


スタートラインに立つと

右も左も前も後ろも、自転車だらけ。 

初めての大集団走行に心臓がバクバク。


レースが始まり走ってると

どこからともなく

「ガシャーン!」と自転車が倒れる音や

「キャー!」という叫び声。 

そのたびに身体がビクッと反応。

 「怖い不安不安不安

 その言葉を心の中で何度も何度も

つぶやいていました。


 でも、目視で確認できる前方に

仲の良い友人2人が走っている。 

「とにかく、あの2人から遅れなければ大丈夫。」というその気持ちだけで走り続けました。 


そして気づいたら、残り5km。

無我夢中で走ってたので

気づいてなかったのですが

レース経験ほぼゼロの私が

まさかの先頭グループにいたのでしたスター


最後の難所、イオン坂。

ここで最後のふるいにかけられる、勝負の坂。


周りの選手はみんな辛そうだけど

私は、なぜか全然疲れていない。 


前日、同じコースを試走したはずなのに

脚にはパワーがしっかり残っていたので

そのままマイペースで登っていたら…… 

なんと、先頭に踊り出てしまったチュー


経験者ならここでスパートをかける

“勝負ポイント”だったのかもしれないけど

初心者だった私は

前日にチーム員から言われた 


「絶対に先頭には出るなよ」

 

という言葉を、あまりにも

忠実に素直に受け取りすぎて

 “先頭にいちゃダメなんだ”と思った私は

慌ててペースを落として

集団後方へ下がってしまったのでした。


今ならわかる。 

あの言葉は

「風よけに使われるから、むやみに先頭を走るな」

という意味だったことに。


その判断ミスで、私は一気に集団に埋もれ

結果は 14位でゴール 🇯🇵 


普通に考えれば十分すごい

大規模レースでの14位。

しかも集団ゴールは立派すぎる成績。


でも、


もし、レースの“定石”を少しでも知っていたら。 

もし、自分の力を信じてスパートをかけていたら。


あの結果は、きっと違ったのだろうと思って

今でもタラレバを考えてしまいます。


ツールド沖縄のこのレースは

初めて「もっと強くなりたい」と

心から思ったレースになりました。