今日の内容のイメージはこれ。

 

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この写真、7月頃だったか、

何となく撮ってみると、

すごくエッジが効いてて、

まるで、わたしに見えて、

いつか、記録のイメージになるなと、

温存していた写メ。



加工も何もしてないのに、

たまたま、クールな色合いに撮れて、

感激したんだよね✨



さて、

ここのことろ、

外側の世界にどう思われようとも、

自分に一点集中!と感じるまま、

内側のことを書き始めてて。

 

 

でも、この時点は、

まだまだ、真なるわたしを、

綴ってはいなくて。

 

 

これからの時間は、

更に、それに深く切り込む覚悟で、

記録していきたいと思う。

 

 

それは、より更に、

なにそれ?話だったり、

それあんたの妄想でしょ話だったり、

好まれない内容だったり、

暗い内容だったり、、

 

 

外側から客観的目線で見ても、

ネガポジでいうならネガの話。

 

 

なので、

その解釈自体、それぞれの自由だから、

好きなように解釈されていいし、

それでいいと思っている。

 

 

みんな価値観、考え方、

それぞれ違っていいから。

 

 

なので、

今後書いていくことは、

わたしのなかにある、

わたしの世界だから、

全部、わたしが創造している世界。

 

 

と、いいつつ。



そういう意識でいるんだけど、

如何せん、ここは地球で、

客観的意識で、

観察している自分もいるから、

ちと、ややこしい。

 

 

その客観的地球意識としてみると、

地球は二元性の世界なので、

良し悪しやネガポジの分類が出来て、

単純に書きたいことは、

ネガ話所属話になるんだろうなと。

 

 

私は、それが、

実に窮屈で不自由で、

だから、自らの殻をうち破りたい、

早く書き終えたい、

その想いが溢れてくる。

 

 

陽の当たらない部分に、

沈めていた現世の私や、

沈んでいたことさえ、

気付くことのなかった過去生の私は、

実は、純粋そのもののコアに、

最も近くに存在していた、

カルマを含む、悲しみのわたし。

 

 

 

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そして、私達三つ子の話でもあるかな。

 

 

そこには、

見る角度によっては、

残酷性も含まれていて、

純粋な域に近づくって、

透き通りすぎて、

刃物みたいな鋭さがあるから。

 

 

お伊勢の自然の宿りの場所、

あのエネルギーに近いかな。

 

 

そんな記すことの無かった部分や、

記すに迷いとか勇気が要ることだったり、

これまで、中々できずにいたけど、、

 

 

闇の私から逃げ、

陽の当たるいい話、

人受けのいい話だけを記録する、

まるで、茶番を演じるようなことは、

もう、本当にお終いにして。

 

 

私は、

もっと深い部分のわたしと、

真摯に膝をつき合って向き合いたく。

 

 

悲しみの中に沈んだ、

闇のようなわたしも、

一途で健気で可愛くて、

私は大好きで愛してるから、

その愛の表現の一歩が、記録すること。

 

 

陽の当らないとこにいる、

本当のわたしの部分に着手していきたい。

 

 

誰かには、闇に観えても、

私には、闇なんかじゃないのよね。

 

 

だから、

私にとっては闇じゃなく、

愛すべき愛しい私で、

そういう意味では、

闇なんて、本当はないんだと思う。

 

 

明るい私も暗い私も、

どれも本当のわたしだから。

 

 

ただ、

一般的目線や客観的目線で、

分かり易く言語化するための表現として、

闇と光とか陰と陽と表現してるだけ、

みたいな感覚かな。

 

 

「これからは、

闇を明るみに出してあげる宣言」



これにてお終い。

 

 

☺︎