先週、祖母が94歳の大往生を遂げた。
聞き上手で賢い人だったし、
おじいちゃんのことはもちろん、
子どもや孫を一心に思う、
昭和の母!という感じの祖母でした。
私はとにかくおばあちゃんッ子で、
小さい頃は常に、自分の家に帰るよりおばあちゃん家に行きたかった。
私の記憶が確かならば
いつも心細い気持ちでいた幼少時代、
私はおばあちゃんに会いたくてよく涙が出た(笑)
夏休みはほとんど祖母の家で過ごし、
一緒に宿題をしたり、工作をしたり。
りんごの張り子を作ったのを今も覚えてる。
せっかく時間かけて作ったのに、蓋が閉まらなかったこととか(笑)
大人になって、1〜2年間くらい、
祖母の足が弱ってきたこともあって、
祖母の家に居候して、
一緒に暮らした時期があった。
とはいえ、まだ充分に歩けたので、
いろいろと一緒にやりました。
一緒にお味噌を作ったり、梅干しを漬けたり、
パンを焼いたり。
夏の日の夕方はよく、お墓参り、畑に野菜を取りに行った。
料理が好きで、
足さえ丈夫ならば1日中だって台所にいたいと言い、
子や孫に「何を食べさせてやろうかな」といつも考えていて、
食卓につくといつも、
「さあ、ゆっくりといただきましょう」
と言ってた。
仕事から帰ると、温かいごはんと田舎の匂いに包まれて
とても幸せな気持ちになりました。
おばあちゃんと漬けた梅、
食べずに取っておけばよかったな〜^^
なんて思うけれど、いつかは食べないとしょうがないか笑
まあ、それは置いておいて、
子や孫や、身近なものに一心に愛情を注ぐ、
『The 昭和の母』という感じの祖母でした。
思い出があまりにも多すぎて、
あまりにも心のふるさとだったから
存在が大きすぎて、
こうして書いていても涙が出る。
でも、寂しいけれど、
不思議と悲しいとは思わないのです。
病気もせず、充分に寿命を生き、
私たちに悲しみを残さずに旅立ったんだと思う。
大往生から一週間、ここ数日ずっと、
おばあちゃんのことを考えて過ごしていたわけなんだけど、
おばあちゃんは日本の神様で言うと、
やっぱりサシクニワカヒメさまに似ている。
サシクニワカヒメの絵を描くときに、
とくに意識して
おばあちゃんをモデルにしたわけではなかったけれど、
無意識のうちのモデルは、やっぱり祖母だったと思います。
サシクニワカヒメさまもやはり、
「昭和の母」的な女神さま。
古事記に登場される神様に、「昭和な」というのも
おかしいですが(笑)
サシクニワカヒメはオオクニヌシさまのお母さんなのですが、
オオクニヌシさまの度重なる命の危機を、
(危機というか、殺されてしまうのですが)
一心に我が子を守る母の愛で、
その都度生き返らせてしまいます(笑)
そして、「もう殺されないようにもっと強い男になりなさい」と
修行の旅へ送り出し、
オオクニヌシさまはその末、
立派に出雲の国を治めるまでになられました。
オオクニヌシさまも大きな大きな母の愛に守られていたんだね。
「この人だけは悲しませるわけにはいかない」
そう思われたんじゃないかな。
先日、通夜の日
祖母の棺の中に、挿絵をさせて頂いた
「はじめて読む人の古事記」を入れました。
たくさん心配かけてきたけど、
私も祖母に守られていることをすごく感じるから、
これからもしっかりと生きていこうと思います。
寿命をを全うしてくれたこと、
これまでのすべてに感謝を込めて。




